東京よりも時間がゆっくり過ぎていくように感じる沖縄では、うまく頭を空っぽにすることができなければ、かえっていろいろと考え事をしてしまうものなのかもしれない。
目下俺の気持ちをモヤつかせているのは、莉乃の態度だ。
先月4人で食事をしてから、どうも様子がおかしい。
ご機嫌な様子でスイーツを食べる萌香の横で、俺はそっとシャンパングラスをスマホに持ち替える。
開いたLINEの画面には、莉乃から先週届いたメッセージが残っていた。
『莉乃:うーん。私たち、もうあんまり会わないほうがいいのかなーって』
くだらない落書きみたいなキャラクターのスタンプでお茶を濁してはいるものの、莉乃からこんなメッセージが来たのは、長い付き合いで初めてのことだった。
『正輝:なに、なんでそんなこと言うの?』
『莉乃:いや、お互い仕事も忙しいしさ。今までの距離が近すぎだったのかも』
こんなやりとりに至ったきっかけは、俺がまた莉乃を夕食に誘ったことだった。
先月の食事の時に莉乃からアドバイスをもらえたおかげで、仕事が無事にうまくいったから。
『正輝:お礼に寿司でもおごるよ、今週いつ空いてる?』
いつものノリで、いつも通りの誘い方をしただけ。それなのに、莉乃の返事だけがいつもと違った。
『莉乃:ごめん、しばらく難しいかも』
たとえ忙しい日が続いていても、どれだけ先になろうと、具体的な日程を律儀に提案してくれるのが莉乃だ。
不思議に思いながらしばらくやりとりを続けた挙げ句、最後に送られてきたのが、この『もうあんまり会わない方がいい』という言葉だった。
ぎょっとしてすぐにこちらからかけた通話は、不在着信のまま放置されている。
― どうしたんだ?知らないうちに俺、なんか莉乃を怒らせるようなことしたのかな。
そんなふうに考えてもみたけれど、どうにもしっくりこない。
問い詰めても莉乃はなにも言わなかったし、第一俺が酔っ払って変な失言かなにかしたとしても、そんなことはこれまでにいくらでもあったのだ。
俺と莉乃の間では、お互いの失態なんてすぐに冗談になるという自信がある。
― あと他に、莉乃があんなこと言う理由があるとすれば…。
フリーフローのシャンパンがグラスに注がれ、我に返った俺は、鮮やかな色のマカロンに手を伸ばした萌香を見つめる。
そういえば萌香は、俺が莉乃と会うことにヤキモチを妬くかもしれないと言っていたっけ。
9年も付き合っている秀治さんが、今さら莉乃に何か言うわけもない。
だから、残る可能性があるとすれば…萌香と莉乃との間に何かトラブルでも起きたというパターンだ。
「あのさ、萌香」
「なに?正輝くん」
― この前一緒に食事した時、莉乃と何かあった?
そんな言葉が喉まででかけたけれど、ギリギリのところで飲み下す。
「…いや、なんでもない。ここさ、夜はバーになるんだって。行ってみようか」
「うん♡」
もし萌香と莉乃の間に何かがあったんだとしたら、そんな話は記念日旅行中に切り出すトピックではないことは、俺にだってわかる。
― まあいい。莉乃のことだし、そのうちすぐに普通に戻るだろ。
気持ちを切り替えるために俺は、また新たに萌香が勧めてきたマカロンを摘み上げると、口に放り込んだ。
◆
小学生や中学生のガキじゃない。充実した時間を過ごしていれば大人は、友達のことなんてそう滅多に考えたりしないものだ。
貴重な三連休を有意義に使うために、俺はきっちり気分を変えて、萌香と一緒の沖縄を全力で楽しむことにした。
アフタヌーンティーの後はのんびりした時間を部屋で過ごして、夕日で茜色に染まる海を眺めて、美味しい沖縄料理を堪能して…。
約束した通り夜にはバーも覗きに行き、満点の星空の下で泡盛を使ったカクテルを飲んだ。
翌日は少し市内の方まで足を延ばし、アメリカンなテイストのステーキを食べたり、アイスクリームや絶品だという噂のサーターアンダギーを食べにいったりもした。
その間、まったくもってこれぽっちも、莉乃のことなんて考えなかった。
ただただ目の前にいる大好きな彼女──萌香だけに向き合い、幸せな時間を過ごしていたと思う。
それなのに──。
やっぱり大人と言えども、家族のようにあまりにも近い関係の友人ともなれば、もはや、自分自身の一部のようになってしまっているのかもしれない。
せっかくいいムードだった半年記念旅行は、俺のちょっとした莉乃についての発言で、一気に緊迫した空気になってしまうのだった。
この記事へのコメント
いやいや、何勝手に決めつけて。実際結構強く言われたんじゃないかな、タクシー内では「いつまで続けるの?」程度だったけど。出来れば次秀治の本音を読みたい!多分莉乃と別れるのかも? で莉乃が相談に乗ってくれと正輝に頼み込んでまた萌香を傷つける的な?展開は止めて欲しい。
でも予告文.. 嫌な予感が。