もともと落ち着いた雰囲気を持つ秀治は、こういう場でもペースも乱さず静かにグラスを傾けるばかりで、あんまり言葉数多く話しまくるようなタイプではない。
それでも、私に9年付き合っている彼氏がいる、という事実は、私と正輝の潔白を証明するいい証拠になるはずだ。少なからず萌香ちゃんを安心させる効果があるだろう。
だけど…。
もしかしたら、そんなあれやこれやの心配は、単なる私の考えすぎだったのかもしれない。
そう思えるくらい、今夜の萌香ちゃんはニコニコと楽しそうにこの場に馴染んでいた。
― ただ単に、「いつでも一緒にいたい」と思えるような、いい付き合いなのかな。
この前一瞬見せた怖い顔は、きっとただの誤解。
可愛らしくて聞き上手な萌香ちゃんはきっと、どんなに場にも顔を出して楽しく過ごせる、人懐っこい素敵な女の子なだけ。
― 私たちの関係を疑ってるのかも…なんて、杞憂だったな。
安心した私は、会うのが2回目にしてすっかり萌香ちゃんのことが大好きになってしまった。
萌香ちゃんになるべく疎外感を与えないように、正輝がしたがっていた仕事の話も、萌香ちゃんが電話で席を外した時だけにとどめた。
「正輝。あんないい子、絶対逃さないようにしなきゃダメだよ」
「莉乃の方こそ。秀治さんは、お前にはもったいないくらい素敵な人だな」
ちょうど秀治もタバコを吸いに行ったタイミングで、そんな風に正輝とお互いを祝福し合えることが、この上なく嬉しかった。
秀治という愛するパートナーがいて、正輝という心許せる親友がいる。
こんな毎日がずっと続くことが、私のささやかな望みだ。
「じゃあねぇ〜正輝!萌香ちゃんも、また遊ぼうね!」
「こちらこそありがとうございました。ぜひまたご一緒させてください」
図体の大きな正輝の横でひらひらと手を振る萌香ちゃんの姿は、同性の私から見ても本当に可憐で可愛らしい。
山手通りでふたりに見送られながら、私は秀治とタクシーに乗り込む。
「田町の方までお願いします」
低い声で運転手さんに告げる秀治の横顔が、街の明かりに照らされて色彩を帯びている。
― 秀治は、私にはもったいないくらい素敵な人…か。
さっき正輝に言われたからじゃないけれど、そのきれいな横顔を見ていたら急に、秀治に対する感謝と愛情が溢れ出てくるのだった。
「秀治」
「何?」
「しゅーうじっ」
「完全に飲み過ぎだな」
「えへへ…」
気持ちの良い酔いに任せて、秀治の肩に頭を載せた。この肩が、腕が、何度私を支えてくれただろう。
思い返せば秀治は、いつだって私の生き方を尊重してくれてきたのだ。
慶應のダンスサークルで、OBとして教えに来てくれていたときも。
付き合い始めて、いろんなケンカをしたときも。
就活で迷ったときも。同棲したいと言ったときも。
会社を辞めてウェルネス業界で起業するという決意も、結婚という形式には興味ないという考えも、もちろん、正輝との友情についても。
― ほんと、正輝の言う通り。秀治って素敵な人だよなぁ。
しみじみとそう思いながら、私は改めて秀治に声をかけた。
「ねえ、今日はありがとね。ダメモトの急な誘いだったけど、来てくれて嬉しかった」
「そりゃ、誘われたらなるべく行けるように調整するよ。久しぶりに正輝くんに会えてよかった」
「正輝も喜んでたよ。それに、萌香ちゃんには一度、秀治を紹介しておきたかったんだよね。正輝のベタ惚れ具合からして、萌香ちゃんとは長い付き合いになりそうだから」
「萌香ちゃんに、俺を?」
一定のリズムで街頭の明かりに照らされる秀治の顔は、私の言葉の意味がうまく理解できていない様子だ。
私は、昨日の深夜に正輝からLINEが入っていたこと。そして、なぜ秀治にも声をかけたのかの理由について、改めて説明する。
世の中には、男女の友情を疑うことしかできない、視野の狭い人間がいることも。
そしてそういう人たちを納得させるには、自分にはきちんとパートナーがいることを説明すればいいことも。
「…というわけだから、萌香ちゃんには念のために秀治を紹介しておきたかったの。
それにしても、私は秀治みたいなスマートな人が彼氏で本当に幸せだよ。パートナーの理解が得られないって、人生がすごく窮屈そうだし」
自分自身の言葉に納得した私は、もう一度幸せな気持ちで、秀治の肩に頭を預けた。
けれど───硬い。
優しく包み込んでくれるはずの秀治の体は、ついさっきまでとは打って変わって、私を拒絶するように強張っていたのだ。
「秀治…?」
疑問に思った私は、思わず顔を上げて秀治の表情を伺う。
だけど、白金トンネルの暗闇を抜けるタクシーの中では、秀治がどんな顔を浮かべているのかは確認できず…。
代わりに、ひどく冷たい声だけが聞こえた。
「なるほどね。俺は、ゆるされるための免罪符…ってわけか。
ねえ莉乃。こんなこと、いつまで続けるつもり?」
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冷たい秀治の言葉は、一体なにを意味するのか?萌香から見た、食事会の風景
この記事へのコメント
そうじゃないんだよ、少し遠慮しろって事なのに。
“世の中には男女の友情を疑うことしかできない、視野の狭い人間がいる” 視野が狭いのはどっちよ? 自分と違う考え方を理解出来ない…自分の意見がいつも正しいと思ってる感ダダ漏れ。秀治さんも呆れてたし。