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だれもゆるしてくれない Vol.4

「なんかモヤモヤする…」30歳女が、男友達の彼女に会ったときに感じた違和感とは

もともと落ち着いた雰囲気を持つ秀治は、こういう場でもペースも乱さず静かにグラスを傾けるばかりで、あんまり言葉数多く話しまくるようなタイプではない。

それでも、私に9年付き合っている彼氏がいる、という事実は、私と正輝の潔白を証明するいい証拠になるはずだ。少なからず萌香ちゃんを安心させる効果があるだろう。

だけど…。

もしかしたら、そんなあれやこれやの心配は、単なる私の考えすぎだったのかもしれない。

そう思えるくらい、今夜の萌香ちゃんはニコニコと楽しそうにこの場に馴染んでいた。

― ただ単に、「いつでも一緒にいたい」と思えるような、いい付き合いなのかな。

この前一瞬見せた怖い顔は、きっとただの誤解。

可愛らしくて聞き上手な萌香ちゃんはきっと、どんなに場にも顔を出して楽しく過ごせる、人懐っこい素敵な女の子なだけ。

― 私たちの関係を疑ってるのかも…なんて、杞憂だったな。

安心した私は、会うのが2回目にしてすっかり萌香ちゃんのことが大好きになってしまった。

萌香ちゃんになるべく疎外感を与えないように、正輝がしたがっていた仕事の話も、萌香ちゃんが電話で席を外した時だけにとどめた。

「正輝。あんないい子、絶対逃さないようにしなきゃダメだよ」

「莉乃の方こそ。秀治さんは、お前にはもったいないくらい素敵な人だな」

ちょうど秀治もタバコを吸いに行ったタイミングで、そんな風に正輝とお互いを祝福し合えることが、この上なく嬉しかった。

秀治という愛するパートナーがいて、正輝という心許せる親友がいる。

こんな毎日がずっと続くことが、私のささやかな望みだ。


「じゃあねぇ〜正輝!萌香ちゃんも、また遊ぼうね!」

「こちらこそありがとうございました。ぜひまたご一緒させてください」

図体の大きな正輝の横でひらひらと手を振る萌香ちゃんの姿は、同性の私から見ても本当に可憐で可愛らしい。

山手通りでふたりに見送られながら、私は秀治とタクシーに乗り込む。

「田町の方までお願いします」

低い声で運転手さんに告げる秀治の横顔が、街の明かりに照らされて色彩を帯びている。

― 秀治は、私にはもったいないくらい素敵な人…か。

さっき正輝に言われたからじゃないけれど、そのきれいな横顔を見ていたら急に、秀治に対する感謝と愛情が溢れ出てくるのだった。

「秀治」

「何?」

「しゅーうじっ」

「完全に飲み過ぎだな」

「えへへ…」

気持ちの良い酔いに任せて、秀治の肩に頭を載せた。この肩が、腕が、何度私を支えてくれただろう。

思い返せば秀治は、いつだって私の生き方を尊重してくれてきたのだ。

慶應のダンスサークルで、OBとして教えに来てくれていたときも。

付き合い始めて、いろんなケンカをしたときも。

就活で迷ったときも。同棲したいと言ったときも。

会社を辞めてウェルネス業界で起業するという決意も、結婚という形式には興味ないという考えも、もちろん、正輝との友情についても。


― ほんと、正輝の言う通り。秀治って素敵な人だよなぁ。

しみじみとそう思いながら、私は改めて秀治に声をかけた。

「ねえ、今日はありがとね。ダメモトの急な誘いだったけど、来てくれて嬉しかった」

「そりゃ、誘われたらなるべく行けるように調整するよ。久しぶりに正輝くんに会えてよかった」

「正輝も喜んでたよ。それに、萌香ちゃんには一度、秀治を紹介しておきたかったんだよね。正輝のベタ惚れ具合からして、萌香ちゃんとは長い付き合いになりそうだから」

「萌香ちゃんに、俺を?」

一定のリズムで街頭の明かりに照らされる秀治の顔は、私の言葉の意味がうまく理解できていない様子だ。

私は、昨日の深夜に正輝からLINEが入っていたこと。そして、なぜ秀治にも声をかけたのかの理由について、改めて説明する。

世の中には、男女の友情を疑うことしかできない、視野の狭い人間がいることも。

そしてそういう人たちを納得させるには、自分にはきちんとパートナーがいることを説明すればいいことも。

「…というわけだから、萌香ちゃんには念のために秀治を紹介しておきたかったの。

それにしても、私は秀治みたいなスマートな人が彼氏で本当に幸せだよ。パートナーの理解が得られないって、人生がすごく窮屈そうだし」

自分自身の言葉に納得した私は、もう一度幸せな気持ちで、秀治の肩に頭を預けた。

けれど───硬い。

優しく包み込んでくれるはずの秀治の体は、ついさっきまでとは打って変わって、私を拒絶するように強張っていたのだ。

「秀治…?」

疑問に思った私は、思わず顔を上げて秀治の表情を伺う。

だけど、白金トンネルの暗闇を抜けるタクシーの中では、秀治がどんな顔を浮かべているのかは確認できず…。

代わりに、ひどく冷たい声だけが聞こえた。

「なるほどね。俺は、ゆるされるための免罪符…ってわけか。

ねえ莉乃。こんなこと、いつまで続けるつもり?」


▶前回:「彼氏が女友達と2人で飲みに行くのが嫌!」27歳女が、素直に伝えたら男がとった意外な行動とは

▶1話目はこちら:「彼氏がいるけど、親友の男友達と飲みに行く」30歳女のこの行動はOK?

▶Next:8月18日 月曜更新予定
冷たい秀治の言葉は、一体なにを意味するのか?萌香から見た、食事会の風景

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この記事へのコメント

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No Name
性別を超えた友情はアリだと思うけど、莉乃は彼女に対する配慮に欠けている。萌香だけではなく秀治に対しても。
2025/08/11 05:2533Comment Icon10
No Name
萌香ちゃんが私の存在をよく思っていないタイプだとしたら…私と正輝には何もないということを理解してもらっていい関係になりたい。
そうじゃないんだよ、少し遠慮しろって事なのに。
2025/08/11 05:2932Comment Icon1
No Name
莉乃の性格の悪さが明るみになった。読んでてイライラしちゃったよ。
“世の中には男女の友情を疑うことしかできない、視野の狭い人間がいる” 視野が狭いのはどっちよ? 自分と違う考え方を理解出来ない…自分の意見がいつも正しいと思ってる感ダダ漏れ。秀治さんも呆れてたし。
2025/08/11 05:2129Comment Icon7
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だれもゆるしてくれない


尊敬。愛情。そして、下心。

男と女の間には、様々な関係性が存在する。

なかでも特に賛否を呼ぶのは、男女の間の”友情”は成立するかどうか。

その関係は、果たして「ゆるされる」ものなのか──?

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