「ともみちゃん、ここって確か個室があるんだよね?私と葵、2人きりにさせてもらっていいかな?まず落ち着かせないと、まともに話ができないと思うから。私が、葵の話を聞いている間…」
娘の方をよろしくと目線で言われたともみは、葵と愛を個室に動かすより自分と凪が個室に動いた方がいいと判断し、凪を個室へ連れて行った。
― 今日はまだまだ長そうだな。
すでに22時を過ぎてしまっているけれど、未成年とはいえ保護者がいる。そう思って、諦めることにした。
そして、白ワインのボトルを愛と葵のために用意してから、凪と自分の飲み物と、ルビーがおやつ用にストックしているお菓子の袋をいくつか抱えて、凪のいる個室へ向かった。
◆
「私たち、何年ぶりだっけ?」
白ワインを2人のグラスに注ぎながら愛がそう尋ねると、葵は、5、6年ぶりかな?と弱々しく答えた。
「ごめんね、ほんと」
深々と頭を下げた葵を、愛が、やめてよ~と明るく笑い飛ばす。
「前にさ、話したことあるじゃん。もし子どもが生まれたら、お互い助け合って子育てしていこうって」
「…自分の子どもだと思って、本気で褒めたり叱ったりしよう、ってやつね」
葵が少しだけ微笑んだことに、少しは落ち着けたのだとホッとし、愛はその話をした頃のこと…お互いが結婚したばかりの頃のことを懐かしく思い出した。
今ではネイルとボディメイクの美容サロンを開業している愛だが、その資金を貯めるために、20歳になると銀座のクラブで働き始めた。その店で愛より先に働いていたのが葵だ。
年齢は愛の方が2つ下。明るくてにぎやかな愛と、おとなしく見えても信念を曲げない葵。店を辞めてからも交流が続いたのは、2人とも名家の長男と結婚したという共通点以上に、正反対の性格を超えて、気が合ったからだ。
「タケルくんは元気?」
「元気だよ~。寄宿舎生活も、結構楽しいみたい」
タケルとは、今年13歳になる愛の一人息子だ。愛の離婚した夫の思惑もあり、今はイギリスに留学している。
よかった、とほほ笑んだ葵の笑みが、悲しげなものに変わった。
「お互いの子育てで協力するっていっても、助けてもらってるのは私ばっかりで、私は何もできてなくて…ごめんね」
「そういう言い方はやめて。そういうのってギブアンドテイクって話じゃないし、私がやりたいからやってるの。で、どうするつもりなの?」
「…どうするつもり、って?」
「凪のことだよ。凪ってさ、葵のことめちゃくちゃ大好きなのはわかってるよね?」
葵の反応はなかったが愛は気にせず、子育てについては私も褒められたものじゃないから、偉そうなことは言えないんだけどさ、と続けた。
「今日、凪を見つけた時…男といちゃついてたのにはビックリしたけど、凪ってそもそもはめちゃくちゃ優等生のいい子じゃん。学校だって、言われた通りのところに入ってさ」
父親の母校である小学校から大学までの一貫教育を行う私立校に入学し、そのコミュニティの一員になることは、父親の選挙活動の役にたつ。両親、そして父方の祖父母が望んだ小学校受験に始まるその道を、凪は高校に入るまで反抗することなく進んできた。
「その上、凪が逆らわないのは父親のためじゃなくて、全部、葵のためだよね。大好きなお母さんが、いろんなことに耐えて頑張ってるんだから、私もできることはするっていう健気さで行動してるってことは、葵もわかってるんでしょ?」
葵はまたも何も言わずに、白ワインを口に含んだ。よく見ると、メイクで隠してはいるものの、目の下のクマが濃い。このところ眠れていないのかもしれないと、愛の胸が痛んだ。
この記事へのコメント
この辺りの表現とかさすがですよね。葵さんがどんな感じの方なのか、こんなに短い文章で見事に読者に伝えている。すぐにイメージわきました!
東カレでよくあるYOKO CHANのワンピにマノロブラニクのパンプスを履いてる等のわざとらしい表現をしてないところもまたいいですね。...続きを見る
※ 和の花/洋の花は花道でも使う表現です。揚げ足取りのレスはお控えください。