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― あっと言う間の40分だったな。
賑やかな雰囲気を後に、会釈をしながら会議室を出る。100名近くいる新人から一斉に拍手をされ、最後まで迫力に圧倒された。
「ふう〜終わったね。桜庭ちゃん、お疲れさま」
安西さんに言われて、私は笑顔を作る。
「お疲れさまだね。楽しかったね」
― いや、嘘。…楽しくはなかった。
一言でいえば、居心地が悪かった。
新人の前で安西さんは、会社が子育てをいかにサポートしてくれるか、丁寧に話していた。
私はそんな安西さんを横目に、「羨ましい」という顔を消すのに必死だった。
一方で「バリキャリ」というキャラクターで話さなければならないというプレッシャーを胸に、あれこれ話してしまった。
性別や年齢に関係なくチャンスをもらえること。会社の仕事が面白いから家庭がなくても人生が充実すること。生活水準にも十分に満足できる、なんてことまで。
― 新人のみんなに、無理してるとか、痛々しいとか思われてたら嫌だなあ。
不安に苛まれはじめる私をよそに、安西さんは、「なんだか、桜庭ちゃんが羨ましくなっちゃったよ」と眉をハの字にする。
「え?」
「結婚も出産もしないで働くっていうのも、よかったのかなって。そしたら私も、桜庭ちゃんみたいにかっこいい女性になれてたかも」
「…そんな!私より今の安西さんのほうが断然かっこいいよ。子育てと仕事、両立してるんだから」
私は、安西さんの肩を優しく叩く。
「うーん、そうかなあ。でも私、研修では詳しく言わなかったけれど、夫はあまり協力的じゃないしシッターさんに頼ってばっかりだし、子育ても仕事も中途半端だし、正直両立って言葉からはかけ離れているよ」
― そ、そうなの?
「だから桜庭ちゃんみたいにバリキャリで仕事に邁進できるのは羨ましいし、結婚だって仕事に理解ある男性と出会ってこれから全然できるし、いいなって。…ないものねだりってわかってるけど」
出た、バリキャリ。
― 私だって、安西さんみたいになれたらどんなによかったか。
私は、自分が今嫌な表情をしている気がして、とっさに口角を上げる。
「やめてよ、安西さんはとっても幸せでしょ?LINEのプロフィール写真見たけど、幸せを絵に描いたような4人家族で、羨ましいって思ったもん」
彼女は無言でにっこり笑うと、背伸びをして私の耳に口を近づけ、ささやく。
「実は、3人目がお腹にいるの」
「え?」
私は安西さんの顔を見る。
つややかな肌と髪に、大きな濁りのない瞳。背景に、温かくて豊かな家族の姿が浮かぶ。私からすると、「すべてを持っている」に等しい。そんな彼女が、愛嬌たっぷりに笑う。
「あ、まだ内緒だよ?安定期は来月からなんだ」
私は「おめでとう!」とヒソヒソ声で言い、彼女の手をとる。
「3人目なんてすごいよ。かっこいいよ!」
こうやって人の幸せを喜べる自分がいることに、ほっとした。もちろん、少し演技は入っているにしても。
◆
翌日のランチタイム。私は、社食の牛丼を頬張っていた。
― はあ〜美味しい。癒やされる。
ついつい5分くらいで食べてしまったが、まだデスクに戻りたくはない。研修のせいで、昨日から心が疲弊しきっているのだ。
― そうだった…安西さんに、なんか妊娠のお祝い、贈らなくては。
昨日、安西さんに複雑な思いが浮かんだのは事実だ。でも結局は、安西さんのことが羨ましいだけだと、1日経った今はわかる。
自分が満たされていないからといって人に優しくできない、心のさみしい人間にはなりたくない。だから私は、LINEギフトの画面を開く。
― 何を贈ろう。ハンドクリーム?入浴剤のセット?
スクロールをしていると、突然目の前に、若い男性社員が座った。
― え?
ランチタイムをずらしたので、現在は14時過ぎ。社食は、かなり空いているというのに…。
「あの、桜庭さん」
「…は、はい?」
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突然声をかけてきた若い男性社員。菜穂の毎日が少しずつ変わり始める…?
この記事へのコメント
あと、相談所の人もありきたりな描写だけど感じ悪い。青学卒の女性はモテますよって、いやそんな学歴に飛びついてくるような男は無視すればいいし、20代限定で探してる男はこちらから願い下げればいいだけ。