8f1cd6091c40023f8b525d7a1264a4
30歳になりまして Vol.3

「マッチングはするのに、続かない」2回目のデートもすぐにお開きに…30歳女の切実な悩みとは

「いえ…菜穂さんがどうこう、とかではないんです。なんていうか、外的要因で」

「外的…要因?」

「その…。曖昧にしても仕方ないので申し上げると、実はアプリでデートしている人が他にもいて、昨日告白をしました。それで今、LINEでOKをもらって」

― え?えええ…。

私はイスから崩れ落ちそうになる。気持ちを落ち着かせようと、目の前にあった中国茶のポットに手を伸ばし、自分のカップに注ぎながら言った。

「そ、それはいい知らせじゃないですか」

「…本当にすみません」

「全然ですよ!いいお相手が見つかってよかったですね。なんだか勇気をもらえました、私も頑張ります」

私は、小さく拍手までしてしまった。別に、宏伸さんを祝福したいわけではない。ただ、自分の惨めさを少しでも減らしたくて、必死だった。


気まずい雰囲気で店を出て、すぐに解散した。

逃げるように日比谷線に乗り込み、空いている席に腰掛ける。向かいの大きな車窓に映る、ハーフアップ姿のめかしこんだ自分が悲しい。

― まあ、そんなにうまくいくわけないよね。

失恋とは違う、まるで就職活動で落ちてしまったときのような、どこか割り切った気分だった。

電車に揺られながら、なんの脈絡もなく思い出すのは、元カレのことだった。20代半ばで約3年間付き合った、5歳上の元カレ・博俊のこと。



彼は、料理人として一流ホテルで働いていた。

料理人と一緒に過ごす日々は楽しかった。ちょっと背伸びしたお店にも積極的に連れていってくれたり、半同棲状態になってからは、美味しい料理をたくさん振る舞ってくれたり。

博俊は日頃の愛情表現も上手で、いわゆる「尽くしてくれるタイプ」。そんな彼が私は大好きだった。

でも、交際3年目にもなると、様子が明らかに変わった。博俊は、休日はゴロゴロして一緒に出かけてくれなくなったし、料理を振る舞ってくれることも減った。

昔は定期的にくれていたちょっとしたプレゼントも、気づけば一切なくなっていた。

そこで私は、思い切って聞いたのだった。

「ねえ、私のこと好き?私への気持ち、どんどん減ってる気がして」

博俊は「好きだよ」と即答してくれたが、続けて「でも、菜穂への気持ちは変わってきてる」と言った。

「なんていうか、『女性として好き』から、『人として好き』に変わったかも」

今となっては彼の言葉もわかる。だが、当時の私にとって、それは格下げを意味していた。

「女性として見れなくなった」。そう言われたような気がして、モヤモヤして、たくさん泣いて、翌月には私から別れを切り出した。

博俊はそのときようやく、自分の言葉の重みに気づいた様子だった。彼は泣きながら謝り、最後にはなんと「菜穂と、結婚したいと思ってる」とひざまずいた。

私は心底驚きながらも、丁重に断ったのを覚えている。プロポーズとは、愛が最高潮に盛り上がったときにする、ドラマティックなものであるべきだと信じていたから。



― 私、若かったなあ。

あのときグシャグシャにしてかなぐり捨てた「愛」が、今となっては宝物のようにも思える。

― 博俊、まだ結婚してなかったり…するのかな。

しばらく思い出さなかった元カレを思い出すなんて、「今持ち玉がゼロだから」だろう。自分が情けない。それでも私はGoogleを開いて、彼の名前を検索窓に打ち込んでいた。

出てきた記事によると、博俊は今はホテルのシェフを辞めて、渋谷区にお店を2店舗も出して活躍しているらしい。

― すごい、成功してるんだ。

とたんに「別れなきゃよかった」と思ってしまい、浅はかな自分にうんざりする。

優しくて仕事熱心な彼を、たった一回の発言で見限ったのは自分なのに。

そのとき、お母さんからのLINEが届く。


『お母さん:ねえ、どうだった?アプリで会った人、ちゃんとした人だった?』

― ちゃんとした人だったと思うよ。…私は、うまく恋愛対象にはなれなかったけれど。

心の中で答えていると、再びスマホがバイブレーションする。

『お母さん:この前、アプリより自然な出会いがいいって言ってごめんなさい。由佳に、考えが古いって怒られちゃった』

私は、由佳の配慮に感謝しながら、霞ヶ関駅で乗り換えのために席を立つ。開く寸前のドアには、結婚相談所の広告シールが貼られていた。

― 結婚相談所か。

アプリを久々に始めたとき、結婚相談所に登録することも少しは頭によぎった。でも個人的に、結婚相談所は「アプリがダメだったらやるもの」だと思って、手をつけなかった。

― とはいえ…やってみるか。

行動しているほうが、不安にならずに済む。

私は近々結婚相談所に行ってみようと決意し、駅のホームに降り立った。


▶前回:「30歳でも、まだまだイケる?」マッチングアプリでの自分の市場価値に、女が安堵したワケ

▶1話目はこちら:「時短で働く女性が正直羨ましい…」独身バリキャリ女のモヤモヤ

▶NEXT:5月28日 水曜更新予定
結婚相談所に行くと決意した菜穂。相談所の人からの思わぬ言葉に動揺し…?

あなたの感想をぜひコメント投稿してみてください!

この記事へのコメント

Pencil solidコメントする
No Name
「はあ〜満腹!」 オッさんかよ。どうも好きになれないこの女。次は結婚相談所か。前にも読んだ事あるような展開....
2025/05/21 05:2216
No Name
ほらー。先週、まだまだ市場価値があるとか調子に乗ったから。
アプリだし菜穂も複数人とデートしてたんだから、まぁ相手も同じだろうし仕方ないよ。
2025/05/21 05:1612
No Name
何だろうね。勇斗はイケメンだったっけ、もっと美人な女性とマッチしたからとかそんな感じ? 忘れた頃またLINEくると思うよ。ただ、菜穂が勇斗に対して34歳でバツもないなんて問題でもあるのか…とんでもない爆弾抱えてたら嫌だとか思って探りを入れてたから、それに彼が気付いたのかもしれない。 宏伸さんいい人だったのにねぇ。まぁ相手によっては話が合わないと感じる可能性もあるのかな。 
相談所で様々ダメ
出しされて婚活に疲れが出始めた頃、時短勤務の同僚との対談で彼女に既婚マウント取られて落ち込み、元カレに連絡とかそんな話の流れか?笑
2025/05/21 06:378
もっと見る ( 5 件 )

30歳になりまして

「30歳」

その数字は、女性の心に妙に重くのしかかる。

「年齢なんてただの数字」と本人は思っていても、世間がそれを許してくれない。

職場では、つい最近まで若手だったはずなのに、いつのまにか中堅どころになっている。

マッチングアプリだって自動的に30歳になった途端に「いいね」が減った気がする。

気持ちは追いついていないのに、30歳という年齢の重みがが急にのしかかる。

大手IT企業のマーケティング部で、課長職を担う桜庭菜穂は、30歳になって迷いが生じ始めた…。

この連載の記事一覧