大輝が、カウンターに並ぶともみを茶化すように覗き込んでほほ笑んだ。その瞳は…とろんと溶け始めている。
濁り酒から大吟醸まで、料理に合わせて出された日本酒を素直に受け入れ続けたともみに比べると、大輝はおそらくその3分の1も飲んでいないはず。
それなのに心地よく酔うことができて、その酔いによりかわいらしさが増してしまうのだから。何度も何度も思い続けていることだけれど、この男は本当に罪作りだと、ともみは心の中で盛大なため息をついた。
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その後、じゃこと九条ネギの炊き込みご飯と、蛤のお吸い物までしっかりと頂き、大満足で食事を終えた後、片付けまでが自分の仕事だと言い張る三田さんを、予定を2時間近く超過してしまったのだからと大輝がなんとか説き伏せ見送った。
「この部屋の片付けのことは、明日の朝、河北さんに相談するから大丈夫」
と、この別荘の管理人であり運転手でもある男性の名前を出すと、少し話をしたいと大輝はともみをリビングへ促した。
お茶にするかお酒にするかと聞かれてともみは、大輝が誕生日だからと開けてくれた、生まれ年のシャサーニュ・モンラッシェをテラスに置いてきてしまったことに気がつき、慌てて謝った。
「それなら、キープしてあるから大丈夫。でもそれが気になるってことは、まだお酒の気分ってことだね」
大輝は笑って、ともみが部屋に戻った後にピックアップして、栓をしてセラーに置いておいたという飲みかけのボトルとワイングラスを2つ運んできた。
ともみのグラスにモンラッシェを注ぎ、自分には水を。これ以上酔わずにきちんと話したいからと言われて、ともみの心臓がドクンと跳ねる。
先程までの和やかな雰囲気が消えていくのは怖い。けれど大輝が逃げずに向き合おうとしてくれていることは、むしろありがたいことではないかと自分を奮い立たせる。
「…これから、オレはどうするべきかな?」
ワインを一口飲み、落ち着いているふりをしてともみは返した。
「どうするべきっていうのは?」
「オレ、こういうの初めてだから。自分の方から女の子との関係を終わらせたことが、今までないから」
大輝の表情からそれがウソではないということ、そして困惑が見て取れた。
「ウソでしょ?毎日誰かを失恋させてきたんじゃないの?」
からかうような軽口を意識したともみに、大輝は苦笑いで続けた。
「前にも少し話したことがあると思うけど、オレ本当に好きになった人とうまくいったことないからさ。関係を終わらせるのはいつも相手。で、オレが未練に苦しみ続けちゃう、っていうパターンばっかり」
確かに大輝が報われない恋ばかりの報われない男だということは、大輝本人からも、大輝の友人である愛からもそれとなく聞いたことがある。
こんなに美しくてかわいい男をなぜ捨てたりできるのか、過去の女たちには疑問しかないけれど、大輝との関係が始まったのも大輝が捨てられたおかげだったと思うと、ともみは複雑な気持ちになった。
大輝は以前、自分から好きになった人以外と体の関係を持ったのは初めてだとも、ともみに教えてくれた。ということは…全くもって嬉しくはないが、そういう意味では大輝にとってともみは初めての女…”初めての遊びの女”というわけだ。だから。
「つまり大輝さんは、遊びの女との終わらせ方がわからないってことなんだね」
笑顔を作ったともみに、大輝はもっときちんと説明するべきだよねと眉を寄せ、苦しそうに続けた。
「ともみちゃんは、オレの外側にしか興味がなくて鑑賞物としてのオレを愛でたいだけ。オレの中身も気持ちもいらないんだからって。お互いに利用し合ってる関係なんだから大丈夫だって自分に言い聞かせて、ともみちゃんに甘えてたんだと思う。
彼女に捨てられたことを忘れるためにも、誰かの温もりが欲しくて。
本当に…本当に、ともみちゃんを彼女の代わりにしてるつもりはなかったんだ。でも、さっきともみちゃんが気持ちを伝えてくれた時に…気がついた。オレは彼女をまだ……ごめん」
彼女。捨てられても尚、大輝がその彼女を愛し続けていることにともみはずっと気がついていた。だからフラれて当然なのだと、ともみは自分を、そして大輝も納得させるための言葉を続けた。
「私がそれでもいいからって始めたんだから。大輝さんは悪くないよ」
そんな風には思えないよ、と大輝が呟き、ともみを見つめる。
「オレ、ともみちゃんのことが大事なんだ」
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