「ただ曖昧な、ごめん、じゃなくてはっきり聞きたい。大輝さんは私を特別にする気はない。好きになることも…ない、でいいんだよね?」
「ごめん」
「だからごめんじゃダメだよ、大輝さん。はっきり言って。ね?」
震える手がバレないように、ブランケットで隠しながらほほ笑んだともみに、大輝はきゅっと眉を寄せた。そして、言った。
「ともみちゃんを特別にはできない。好きになることも…きっと、ない」
ごめん、とまたつぶやいた大輝に、だから何回ごめんっていうの、と茶化してみせる。本心とは真逆の、完璧な笑顔を張り付けることができるのは、アイドル活動での訓練のたまもの。
― 困った顔さえイケてるなんて、ほんとムカつく男だ。
大輝にこれ以上心を持ち去られぬよう、はぁ~これでスッキリ飲める、とともみはグラスを手にした。良かった、震えはもう止まっている。
熟したグレープフルーツや白桃の香りが、口に含むと洋ナシのようなニュアンスに変わる。本来ならここから石灰石によるミネラル感、例えばアーモンドや白い花…と感じていくはずの味を全く感じることができない。
それでもともみは何食わぬ顔をして、学んで知った銘酒の味を、知識として呼び起こしながら、味わい楽しんでいるふりをしてから伝えた。
「大丈夫。契約違反的なことをしちゃったのは私。大輝くんとしては、体の関係だけっていう約束だったんだし。それにきっとダメだろうなって思ってたから、大丈夫」
「…ごめん」
「聞いてくれてありがと。本当に大丈夫だから。伝えられただけでもよかったし、だからもうこの話はおしまい。ここからは、私にバースデーを楽しませてくれるんでしょ?」
すでにこのワインが最高だけどね、とともみが微笑んで見せると、大輝は一瞬目を閉じてから、静かに笑顔を作った。
「もちろん。ちょっと、準備がどれくらいできたかキッチンを見てくる。用意ができたら下に降りてきてね」
ともみが頷くと、大輝は立ち上がり室内へ入った。ともみを1人にしようと気を利かせてくれたのだろう。
そんな気遣いの男の背中が自分の視界から消えるまで見送りしばらくすると、ホッとしたせいか、舌先にワインの味がほんの少し戻ってきた気がした。
大輝のグラスのワインは殆ど減っていない。もったいないなと思った瞬間、ともみの携帯が着信した。
ルビーからのLINEだった。ドアの陰からじいっと覗いているナマケモノのスタンプは、最近ルビーが気に入ってるいわゆるキモカワジャンルのキャラクターのものなのだが。その後に。
『ちな、サプライズの場所ってどこでした??ちな、今、どんな感じ??????』
ちなちなうるさいし、ハテナ多すぎ、とエア突っ込みを入れていると今度は連続着信した。
『ラブ♡ラブ♡ツアーの実況欲しいっす♡♡♡で・す・が!!』
『ガチ盛り上がってたら、ガン無視してくださーい♡(むしろそれ希望)』
『その場合帰ってきてから、ガッツリ取り調べます。』
取り調べってなんなんだ。そして少し遅れて。
『大好きラブネキ、心から応援してまっす!!素直が一番ですからねっ!!』
ラブネキ。ルビーが作った『ラブな姉貴』の略。その呼び方は禁止したはずだし、大体、大好きとラブが被っちゃってるし。
いくら突っ込んでも突っ込み足りないルビーの遠慮のなさに、クックッとこみ上げた笑いが止まらなくなり、ちょっとだけルビーに感謝した、はずだったのに。
― あれ?
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