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貴方の香りに恋して Vol.10

結婚して5年で別居。些細なことが積み重なり、冷え切った夫婦の選択とは

リビングに行き、旭の脱ぎ散らかした服やゴミを片付ける。そして昔使っていたノートを取り出すと一枚ちぎり、旭に宛てた。

「旭、出張お疲れさま。元気にしてますか?ご飯、ちゃんと食べてる?外食ばかりじゃなくて、たまには体にいいものを食べてください。恵奈」

そして最後に、シュッと香水をそのメモに吹きかけ、出ていった。

恵奈自身、どうしてあんな行動をとったかわからない。少しだけ、自分の存在を感じて欲しかったのかもしれない。

あれほど息苦しかったこの家だったが、旭の匂いを感じて、どこか居心地の良さを感じた。



あれから3週間が過ぎた。

旭とはそれっきり、連絡も取っていない。

自分の残したメモなんて、彼にはなんの意味もなかったのだろうと思うと、心が少しヒリつく。

そんな時、ポストを開けると封筒が入っていた。裏には旭の名前。


― 旭から…?急にどうして…?

これまで一度も、旭から手紙をもらったことなどない。彼はまめな方ではなく、LINEも付き合っていた頃から短文だった。

急に届いた封筒を見て、「離婚届が入っているのでは?」と恵奈は一気に緊張感に包まれる。

恐る恐る開けると、中には手書きで埋められた手紙が入っていた。



恵奈へ。恵奈がメモを残してくれたことに驚きました。

恵奈はもう、自分のことなど気にかけていないと思っていたから。

正直嬉しかった。だから僕も手紙を書こうと思いました。

いざ書き始めると、何を書いていいのかわからず、何度も書き直しました。

僕はずっと、2人がこうなってしまったことを後悔していた。本当はずっと仲直りしたかったけど、ろくに話し合いも持てず、君が何を思っているのかわからなかった。

でも今思えば、ただもっと気持ちを伝えれば良かった。恵奈と仲直りしたいと言えば良かった。

面と向かってだと言いづらいけど、手紙だと本音を書ける気がする。

また書きます。恵奈も元気で。

最後に。

恵奈の手紙から懐かしい君の匂いがした。

僕が恵奈と社内ですれ違った時、香りに先に惹かれた。

そのあと一生懸命プレゼンする姿を見て、香りのままの素敵な人だと思った。

今さらだけど、そんなことを思い出したよ。





手紙を読み終える前に、恵奈の目からは涙が溢れていた。

旭と仲が悪くなったのは、価値観の違いでも忙しさからでもなく、ただ、気持ちを伝えていなかったから。

お互いに、もう相手は自分に気持ちがないのだと思っていた。

好きなのに、口を開けばケンカばかりで、お互いの気持ちを確かめ合う余裕などなかった。

そうして徐々に心が萎縮し、2人とも素直になれず、自分を守るために攻撃的になっていた気がする。

恵奈は固まっていた心が、じんわり溶けていくのを感じた。



それから8ヶ月後。

恵奈と旭は何度か手紙のやりとりをした。

中学生がこっそり好きな子と交換日記をしているような、むず痒くて幸せな気分だった。

時々電話をするようになり、直接会って話し合う機会も増え、今日恵奈は住んでいたマンションを解約し、戻ることになった。

荷物を運び終え、『La Oliva(ラオリーバ)』でごはんを食べることにした2人。


旭の表情からは、初デートの時のように初々しい愛情を感じ取れる。

「あのさ、引っ越し祝い、何がいい?引っ越し祝いっていうのも変かもしれないけど、何かお祝いしたくて」

「本当?じゃあ…香水」

「香水?」

「うん、新しい香りが欲しいの。今日のこの日の気持ちを忘れたくなくて。旭とやっぱりずっと一緒にいたいって思った気持ちを」

恵奈の言葉に、旭が照れくさそうにはにかむ。

そして「じゃあ、このあと探しに行こうか」と優しく微笑んだ。


▶前回:「何これ…」彼の車の収納を開けたら、領収書の山が。それで発覚した、男の嘘とは

▶1話目はこちら:好きだった彼から、自分と同じ香水の匂いが…。そこに隠された切なすぎる真実

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この記事へのコメント

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No Name
久々に泣けるいいお話だった!
2025/04/23 05:1616
No Name
この連載とても好きなので嬉しくて夢中で読みました😆 相変わらずのステキなストーリー! この連載是非もっと頻繁に更新して欲しいです。
2025/04/23 05:4911
No Name
離婚届かと思ったけど、でも今の時代に手書きの手紙って逆に新鮮でいいね。
2025/04/23 05:3510
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貴方の香りに恋して

ふとすれ違った人の香りが元彼と同じ香水で、かつての記憶が蘇る…。

貴方は、そんな経験をしたことがあるだろうか?

特定の匂いがある記憶を呼び起こすこと、それをプルースト効果という。

きっと、時には甘く、時にはほろ苦い思い出…。

これは、忘れられない香りの記憶にまつわる、大人の男女のストーリー。

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