2025.03.20
TOUGH COOKIES Vol.5「なんで!?元マネージャーさんが…しかも、3歳から一緒にいた人が、裏アカを拡散させたりするわけ!?しかも金で売ったとか、マジ最低最悪、そんなのバッキバキにシバかれるべきでしょ!」
怒りで興奮し、唇をわなわなと震わせて声を荒らげたルビーに、みず穂が小さな笑顔を見せた。
「こんなに真っすぐに怒ってくれた人、はじめてかもしれません。…うれしいかも」
「も~そんな悲しいこと言わないでよぉ~つか、やっぱ、アタシがシバキに行く!ともみさんも一緒に行きます?」
一緒にはいかないし、あなたも行かせないよ、とともみに突っ込まれながらも、ルビーは、「はぁ~マジ腹立つぅ」と怒り顔のまま続けた。
「その元マネージャーさんがなんで裏切ったかは分かったの?裏アカの存在はともかく、ネット記事になってたパワハラとかは事実無根なわけでしょ?ウソなら名誉棄損で訴えようよ」
「…私の場合は…」
みず穂はそこで言葉を区切りその視線を、ルビーから自分の正面に立つともみへと意味ありげに移した。
先程からみず穂は、ともみを“自分と同じ被害者”にして共感と同調を求めようとしているようだったが、残念ながらともみには無理だ。
ともみは自分の不遇を誰かのせいにするという被害者意識を持つことが苦手だ。それにとっくに乗り越えた過去の傷を引きずり出されるのも本意ではないし気持ちが悪い。
だからみず穂の、その意味ありげな視線に気づかぬふりをしてただ微笑み、無言で話の先を促すと、みず穂は諦めたように静かに語り始めた。
「洋子さんは私が事務所を移る時にこの業界を去っています。今は地元の石川県の実家に戻って家業をお手伝いなさっていると聞いていました。
でもマネージャーじゃなくなっても、
一番のファンだよと、いつも応援してくれていたし、頻繁に私の作品の感想もくれたりして。だからこそ安心して…裏アカで愚痴を聞いてもらっていたんですが…」
元マネージャーは寺本洋子という名の女性で、みず穂の母が作った芸能事務所である東条プロダクションに入社した最初の社員だったという。大学を出て2~3年間は別の芸能事務所で働いていたらしい。
けれど、みず穂が5歳の時に出演したドラマを見たことが転機になった。主人公であるシングルファーザーの娘役を演じたみず穂のその芝居に惚れて、東条プロダクションへの入社を希望した。
当時、タレントはみず穂だけという小さな事務所だったため、みず穂のマネージャーになりたいという洋子の希望はあっさりと叶った。そして。
自分の代わりに娘の現場を任せる人ができれば、他のタレントを育てることができるし助かるというみず穂の母の思惑以上に、洋子は献身的にその能力を発揮していく。
テレビ局や映画会社への売り込みはもちろん、良い作品のオーディションがあるという情報を努力して集めてくる洋子は、いつしかみず穂の母の信頼を一身に得ていったという。
「正直母よりも一緒にいる時間は長かったと思います。学校の勉強も見てもらいましたし、レッスンの送り迎えも洋子さんでした。ドラマに入るとセリフの読み合わせも。
髪型だって衣装だって洋子さんと2人で決めるようになっていたし、それが楽しかった。母も口出しすることはありませんでした。
母と洋子さんは4歳しか歳が変わらなかったこともあって、初めの頃は姉妹のような関係だったと記憶しています」
「あ…!髪型といえば覚えてる!みず穂ちゃんって中学生でショートカットにしたじゃん?あれマネしたくなるくらい流行ったよね。アタシはギャルだからロングの金髪死守しなきゃだから悩みまくってあきらめたんだけどさっ」
ギャルならロングの金髪死守…というルビーの理屈はともかく、ともみにも記憶があった。
女児の子役といえばロングヘアかボブが主流の業界で、みず穂の黒髪ショートは新鮮だった。その髪型で演じた同性の親友に恋をしてしまうボーイッシュな女子中学生役は、未だにみず穂の代表作の一つともいえるものだ。
「そう考えると、その頃の私を作り上げていたのは間違いなく洋子さんでしたし、正直私の母は、生粋のステージママというか、幼いころから娘としてよりは商品としての私の方が大切な人だと感じていたので。私は洋子さんに家族としての…母の役割も求めていた気がします。
だから大好きでしたし、何でも相談しました。仕事のことだけじゃなくて、学校でのことも…恋の悩みも。洋子さんが親身になってくれることがうれしくて秘密なんかなかった。
私には父の記憶がありませんし、きっとその頃は、家族と言えば、母よりも洋子さんだと感じていたと思います。
でも高校に入学した頃くらいから、私がアイドルの子とか役を奪われるようになって、オーディションに落ちることが多くなりました。
仕事が決まらず、だから母が私の仕事に口出しするようになって。そのことで、洋子さんとの関係が少しずつ変わっていったんです」
グラスに落ちたみず穂の目に遠い日々への切なさが滲み、同情するようにしかめっ面になったルビーとは対照的に、ともみが淡々と言った。
「家族のような他人ってすごく厄介じゃないですか?」
「…え?」
「誰よりもあなたを理解できるのは私、この人には私がいないとダメだから尽くして支える、みたいな本人が犠牲心だと思ってるもののほとんどって、ただの独占欲だと私は思うんですよね。
それがそのうちにねじれた執着心に変わっていく。特にマネージャーという職業は特殊ですから」
▶前回:「え、あの清楚系女子が?」21歳女のSNS裏アカが流出。しかし、真相は嫉妬する周囲の罠だった!?
▶1話目はこちら:「割り切った関係でいい」そう思っていたが、別れ際に寂しくなる27歳女の憂鬱
▶NEXT:3月27日 木曜更新予定
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