TOUGH COOKIES Vol.3

「友人の結婚式でスピーチなんてしたくない…」32歳女の誰にも言えない本音とは

「彼、ハッとして。えっ!?って驚いて。ベッドから転がり落ちちゃったんです。ごめん、小春ちゃん、ごめんって何度も謝って。でも私…許しませんでした」

そう、許さず逃がさなかった。小春は…ずっと好きだったと伝えたのだ。でも。

オレは、結衣が好きで、結衣だけなんだ、ごめん、と。苦しそうに返された良太の言葉に、小春は…服のはだけた状態でそれを聞く自分がとてもみじめに思えて、感情が爆発してしまった。

「どうして?って。なんで何度もふられても結衣先輩がいいの?って。結衣先輩は、良太さんのことを男性として愛せているか不安だって言ってたよって。そんな人より私の方がずっと、良太さんの良さがわかるのに、って言ってしまったんです。

…絶対に…伝えてはいけなかったのに」

「うわぁ…最悪じゃん」

ルビーの呟きに、本当に最悪ですよね私、と返しながら小春は忘れたくても忘れられないあの時の良太をまた思い出す。良太は傷ついた顔をしながらも小春を気遣い、ごめん、とまたつぶやいたのだ。

小春はすぐに後悔した。なんてことを言ってしまったのだろう。良太を傷つけるつもりはなかったのに。どうして、どうしてこんなことに。


ぐちゃぐちゃに混乱して、ベッドの上に座り込んだまま涙があふれて止まらなくなった小春を良太がそっと抱きしめてくれた。

ごめんと繰り返しながら背中を撫ぜ続けてくれる温もりが、自分の告白への拒絶なのだと知りながらも、その温もりに酔い甘えが出た。それはずっと…恋焦がれた温もりだったから。

「結衣先輩には絶対内緒にするから…今日だけ…今夜だけ抱きしめて眠ってほしい」

良太は何も答えなかった。それでも小春を抱きしめたままやがて良太は眠りに落ち…一睡もできなかった小春が、一度だけ…良太の唇に触れるだけのキスをしたことにも、朝まで気づくこともなかった。



「なにそれ~。つまり、セックスは途中でやめたけど、そのあと抱っこしてもらって眠ったと。小春ちゃんもだけど、その男も最悪ぅ~。いい大人がセックスなしで抱きしめ合って眠るだけとか、むしろガッツリ浮気セックスされるよりイヤじゃない?結衣さんって人かわいそぉ~」

「ルビー…。あなたうるさすぎるから今日はもう退場ね。奥で在庫確認でもしてなさい」

ともみに叱られ、はぁ~い、と素直にルビーは立ち上がった。その後ろ姿が奥に消えるのを待って、ともみは申し訳なさそうに眉を寄せた。

「スタッフが本当に…大変申し訳ありませんでした。もうご気分を害されてしまったかもしれませんが…でも、もしよろしければ…続きをお伺いしても?」

強要を感じないその穏やかな声に、小春は思わず涙がこみあげそうになり。それをごまかすように、また話し始める。

「…翌朝、良太さんに、気持ちが伝えられたからもう諦めると。吹っ切れたと伝えました。

私は新しい恋を探すし、今日のことは絶対に結衣先輩には言わないので、良太さんも、結衣先輩のことをあきらめないでって伝えました。そしたらありがとうって言われて。それで握手をして別れました」

「そのことは…結衣さんという方は今もご存じないんですか?」

「もちろん知りません。私が無理やり良太さんを押し切ったので、彼が浮気したわけでもありませんから。

あの後、結衣先輩が良太さんに別れ話をしたり…色々あったんですけど…良太さんはずっと…結衣先輩に愛を伝え続けて…そのうちに結衣先輩の方が良太さんに夢中かもっていうくらいになって。

私も…後ろめたさは抱えながらも、2人を応援できていたつもりでした。でもつい最近…2度目のプロポーズが大成功して…」

「…いざ結婚式と聞いたら、出席したくないと?」

「…怖くなったんです。裏切った私が、親友としてスピーチなんて許されるのかと…」

「どうしてですか?」

「…え?」

「私が小春さんなら必ず結婚式に出て、絶対にスピーチもしますけど」

その言葉に戸惑ったように顔を上げた小春は、ともみの眼鏡の奥の瞳の、その光の強さに射貫かれたようにひるんだ。

「だって、小春さんは、そんなに悪いことをしたとは思えないんですよね」
「…え?」

この記事へのコメント

Pencilコメントする
No Name
確かに、披露宴に出席して幸せに満ち溢れる二人の姿を見たら心から祝福したい気持ちになると思うし、罪悪感も消えて小春自身も前に進めると思う。スピーチは人前で喋るの苦手で…とか理由つけて断ってもいい!
2025/03/06 05:3021返信1件
No Name
小春としては裏切ってしまった自分が出席してもいいものか...とは言っているものの、実際は良太への気持ちがまだ残っていて辛いと言うことだと思った。ともみはカミングアウトして二人の関係を崩す必要はないと助言してたけど。
2025/03/06 05:3718返信1件
No Name
悪役になるにも才能がいる、という言葉、刺さりました。本当に彼が欲しかったなら先輩に嫌われて最悪な女になってでも、という覚悟が小春には足りず、みんなに良い顔をしたまま未練を引きずったってことなのでしょうか
2025/03/06 06:1618
もっと見る ( 11 件 )

【TOUGH COOKIES】の記事一覧

もどる
すすむ

おすすめ記事

もどる
すすむ

東京カレンダーショッピング

もどる
すすむ

ロングヒット記事

もどる
すすむ
Appstore logo Googleplay logo