2025.03.06
TOUGH COOKIES Vol.3「この契約書、持ってきておいてなんなんだけど、別に絶対サインしなきゃいけないわけじゃないんだよね。
一応うちの店のルールで最初にお見せすることになってるんだけど、万が一の時の保険が必要なお客様用というか…私はこんな約束までしてもらわなくて大丈夫ですって思う人はサインしなくていいんだよ。サインしなくても秘密は守られるんだし。ね!ともみさん」
ふぅ…という小さな吐息は店長…ともみのもので、その後、申し訳なさそうに
「はい、もちろんサインするかしないかはお客様の自由です。そのこともこれからご説明するところでしたが……いらぬ乱入が…お騒がせしてすみません、富崎さん」
「い、いえ」
「ということで、小春ちゃんはサインなし、ってことでオケ?」
ルビーの軽さに小春は救われたような気持ちになり、はい、と頷いた。
「オッケー!じゃ、改めて、小春ちゃん、お話の続きをど~ぞっ♡あ、ともみさん、私にもお酒を何か一杯くださぁ~い」
「あなたにお酒は出しません。富崎さんすみません、この子のことは気にせずよかったら…」
お話の続きをどうぞというともみの穏やかな笑顔と、どうぞどうぞ~というルビーの明るい声に、小春は緊張が徐々に解けていくのを感じ…これまで誰にも打ちあけることができなかったこと、今日ここに来ることになった…その続きを話し始めた。
◆
「結婚式のスピーチを頼まれた結衣先輩とは…高校時代からの付き合いで…」
結衣と小春が所属していた都内の高校のテニス部は、強豪校として知られていた。背が高くボーイッシュなルックスの結衣は、後輩たちからは高嶺の花的存在のキャプテンで、小春もただ遠くから憧れている1人に過ぎなかった。
けれど小春が結衣と同じ大学に進みテニス部に入ったことで共に過ごす時間が増えると、背格好も似ていたせいか、姉妹なの?と言われる程に2人の距離は縮まった。
小春にとっての結衣は、人間関係も学業も、将来の進路も…迷ったらいつも導いてくれる、大好きな先輩、眩しい太陽のような存在で。
大学を卒業して結衣は広告代理店に、小春はスポーツ用品メーカーに就職してからも週に1度は会い、時には小春が結衣の相談にのることも…という関係になった。
「小春って本当に頼りになる。大人になってからの親友ってありがたいな~」
いつしか結衣に親友だと呼ばれるようになったことが、小春はとてもうれしく誇らしかった。
結衣に良太を紹介されたのは…今から3年前のことだった。医師として海外のNPOで働いていた幼なじみが帰ってきて、食事に行くから小春も一緒にいかない?と誘われたのだ。
ケニアから帰ってきたばかりだという良太の日焼けした笑顔と穏やかな語り口に、今思えば小春は、出会ったその日から好感を持っていたのだと思う。けれど。
良太が結衣を好きなことはすぐにわかった。その優しい瞳が常に結衣を追っていたから。
「良太さんって…結衣先輩のこと好きなんですか?」
3人での何度目かの食事を終えた帰り道、結衣の当時の恋人が結衣を迎えに来て、それを2人で見送った後で小春は良太に聞いた。
「うん、好き。実は、中学生の頃から何回か告白してるけど…その度にふられてる。でも何回ふられても一番は結衣なんだ。他の女の子とも付き合ってみたけど、やっぱりダメで…ずっと好きなんだよね」
あっさりと認めて、爽やかな笑顔でそう言った良太の、その笑顔に胸が痛んだことで、小春は良太への恋心を自覚してしまった。
けれどその時の、“他の女の子と付き合ってもダメ”という言葉と、自分が結衣に勝てるわけはないという思いで、気持ちを伝える勇気がないまま時が過ぎて。
「私と良太、付き合うことになったよ」
照れ臭そうな結衣、そしてこの世の全てを手に入れたかのような喜びにあふれた笑顔の良太にそう報告されたのは、小春が良太と出会って半年が過ぎた頃、3人でお花見に行こうと結衣に誘われた日だった。
「傷心の結衣に付け込んで、ついに長年の片思いが報われました!」
ピースを作った良太の誇らしげな報告に、何その言い方と突っ込む結衣のそのやりとりを笑うことができた自分に小春はホッとした。
ショックを受けなかったわけではない。
でも、長らく付き合っていた恋人にふられて傷ついていた結衣が良太の優しさに癒やされたのだと思うと、素直に良かったと思えたし、何より小春は2人が大好きだったから。
2人が幸せな姿を見せ続けてくれたなら、自分の片思いなんてそのうちに消えていくのだろうと思っていたけれど。
「良太にプロポーズされたんだけど…断っちゃった…」
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