2024.09.01
3ヶ月前、真希の誕生日に起きた事件
3ヶ月前の5月、真希は鏡の前で、今日着ているワンピースと同じものを体にあてていた。
その日は、ちょうど真希の30歳の誕生日で、レストランでディナーデートをする予定だった。
「俺、日中はちょっと用事あるから。直接店で落ち合おう」
そう言ってソワソワと家を出て行った慎二を見て、真希はひそかに確信を深める。
― もしかして今日、プロポーズされちゃったりするかも!
プロポーズされるとしたら、思い出に残るようなオシャレをしなければならないだろう。
そう考えた真希は、ウキウキとはずむ気持ちでクローゼットを引っかき回し、ワンピースを取り出したのだ。
このワンピースは、3年前の誕生日に慎二がプレゼントしてくれたもの。少し値段は張ったものの、「よく似合うよ」と言って奮発してくれたあの時の慎二を思い出し、真希は頬を赤らめる。
― 今夜も「似合う」って言ってくれるかな…。
しかし、次の瞬間。ときめきで上気した頬は、一転して血の気が引き真っ青に変わった。
ワンピースは似合うどころか、背中のファスナーさえ上がりきらない。
「嘘、そんなはずない」
どうにか無理やり体を押し込んでみたものの、鏡に映る自分はまるでボンレスハムのようだ。
― そんな…。慎二との生活が幸せすぎて、私いつの間にか、こんなに太っちゃってたの…!?
どうあがいてもワンピースを着こなすことができなかった真希は、半泣きになりながらレストランへと向かった。
服装は結局、日頃から着ているゆったりとした普段着だ。テンションが上がるわけがない。
そのうえ最悪なことに、真希をがっかりさせる出来事はそれだけではなかったのだ。
コースが終わり、デザートが出され、コーヒーを飲み…いつの間にか慎二は会計を済ませている。
― 5年も付き合ってて、30歳の誕生日だもん。絶対にある。
そう確信していた慎二からのプロポーズはなく、真希の期待は完全に打ち砕かれたのだった。
けれど真希には、慎二を恨む気持ちなどこれっぽっちもなかった。代わりに胸に湧いてきたのは、消えてしまいたいほどの劣等感だ。
― プロポーズなんて、なくて当然だよね。私、こんなに太っちゃったし…。
一度そう思ってしまうと、思い当たることばかりが頭に浮かんでくる。
慎二はここのところ、休日に「予定がある」と言って消えてしまうことが多くなった。
夜にベッドの中で、「触り心地最高〜」などとおちょくられながら、二の腕やお腹周りの肉の感触を楽しまれることもある。
― こんなんじゃ、慎二に嫌われちゃう。そんなのやだよ。もっと慎二に愛されたいよ…。
「おいしかったね、真希」
「うん…」
卑屈になりながらの帰り道に、真希は誕生日だというのに最低の気分を味わっていた。慎二もいつもより口数が少なく、終始つまらなそうにしている。
けれど、言葉少なに最寄駅の学芸大学駅へと着いた、その時。
「あっ」
と、慎二が驚いた声を上げた。
不思議に思った真希も、うつむいていた顔を上げる。
するとそこには、信じられない人物が立っていたのだった。
「やだ、真希じゃん!久しぶりー!」
「もしかして、瑞穂…?めっちゃ痩せたよね!?」
足踏みをしながらイタズラっぽい笑みを浮かべる、ランニング中の美女…。
大幅にイメージが変わっているものの、間違いない。大学時代に真希と慎二と同じゼミだった友人・瑞穂だ。
数ヶ月前に同窓会で出会った時にはぽっちゃりしていた記憶だが、目の前の瑞穂はすっかり美しくあか抜けている。
「ジム帰りに会うなんてびっくり!私、そこの『かたぎり塾』に通っていて、帰りはこうしてランニングもしてるの。ちょっとは痩せたかな?
それにしても久しぶりだね。慎二とは時々連絡とっているけど!」
「え?時々連絡…?」
美しく変貌した瑞穂の姿に圧倒されていた真希だったが、瑞穂の口から飛び出た聞き捨てならない言葉にギョッとする。途端に、慎二が焦った様子で瑞穂をたしなめた。
「ちょ、瑞穂…!」
「あ、ヤバ。ごめん…!じゃ、じゃあね真希!私も学大住んでるの。また今度ごはんでもしようね〜!」
小声で慎二と意味深な言葉を交わし合い、そそくさと去っていく瑞穂を目の前にして、真希の脳裏に不穏な記憶が蘇る。
― そういえばゼミ時代、瑞穂が慎二のこと好き…っていうウワサもあったっけ…。
「ねえ慎二、瑞穂と慎二って…」
押し寄せる不安に思わず問い詰めようとするものの、慎二はまるで何事もなかったかのように話をはぐらかすばかりだ。
「はあ…。なんか俺、今日はすげー疲れたわ。早く帰って寝ようぜ」
その言葉のとおり、慎二は家に着くなり早々に寝てしまった。しかし、のん気にイビキをかき続ける慎二の横で、真希はまったく寝付くことができないのだった。
ボリュームを増した自分のお腹をぷにぷにとつまみながら、先ほど目の当たりにした、瑞穂の引き締まったボディラインを思い出す。
― あれ?このままじゃ私、結婚どころか…もしかして慎二に捨てられる?
強烈な恐怖に襲われた真希は、ガバッとベッドから飛び起きると、スマホを手に取りカレンダーアプリを立ち上げた。
痩せなければ、慎二は瑞穂とか綺麗な人のところに行っちゃうかもれしれない。
焦った真希の頭の中で、たったひとつの考えが、警告灯のように点滅していた。
「や、痩せなきゃ」
次に控えているふたりの記念日は、3ヶ月後の慎二の誕生日だ。
それまでに、3kg…いや、5kg痩せる。
そう決めただけで一瞬、わずかに恐怖が薄れるような気がした
「けど、どうやって?」
以前にも、自己流のダイエットはしたことがある。けど、もともと運動は苦手なのだ。少し走っただけで息は上がってしまうし、食事制限は倒れそうになっただけでなく、反動でドカ食いをして前よりも太ってしまったこともある。
「だめ。絶対にうまくいかないよ…」
泣きそうになって頭をかかえたその時、突然、先ほどの瑞穂の言葉がよみがえってきた。
『ジム帰りに会うなんてびっくり!私、そこの「かたぎり塾」に通ってて…ちょっとは痩せたかな──』
― そうだ。「かたぎり塾」。瑞穂が痩せたって言ってた「かたぎり塾」って、一体なに?
おすすめ記事
2022.08.28
1/3の女医
1/3の女医:親が勧める相手と結婚したものの…。女は満たされず、つい元彼に連絡してしまい…
2021.10.13
あのコはやめて
いじめの被害者と加害者の直接対決。2人の女に翻弄された男が下す最後の決断とは
2017.04.10
それも1つのLOVE
それも1つのLOVE:優しいだけの彼じゃ、満たされない。刺激を求める心が招く運命の悪戯
2017.11.08
忘れられない男
泥酔男に絡まれた地獄のホームパーティー。謎のモデル風美女に劣等感を抱く平凡な27歳の女
2018.03.02
サイコパスな夫
サイコパスな夫:東大卒・外銀勤め・身長185cmのイケメン。完璧な男の正体は“サイコパス”だった?
2017.10.22
デートの答えあわせ【A】
待ち合わせは「駅or店」どちらが正解?女が思う、ベストな集合時間と場所とは:デートの答えあわせ【A】
2022.11.23
恵比寿Sisters
「もう無理…」夫と久々に密室でふたりきりに。そのとき男が放った衝撃のひと言とは
2022.11.20
じゃあ、奪っちゃえば?
「夫の女遊びは、いつものこと。それに私も…」おしどり夫婦の妻が告白した衝撃の事実とは
2023.03.10
スモールワールド~上流階級の社会~
スモールワールド〜上流階級の社会〜:友人の結婚式で受付を頼まれて、招待客リストに驚愕!そこには、ある人物が
2016.05.08
東京ネイティブ
東京ネイティブ物語:渋谷があるから僕がいる 〜俳優・前川泰之の場合〜
東京カレンダーショッピング
『佐藤養助商店』:門外不出の技による、喉ごし滑らかな"稲庭干饂飩"
『かに物語』:ふっくらと肉厚な一本爪が2本入ったフレンチカレー
『西岡養鰻』:特製タレ付き!脂の乗った高品質な鰻を土佐備長炭で丁寧に焼き上げた蒲焼
『マルヒラ川村水産』:ご飯に載せて贅沢いくら丼!1粒1粒に旨みが凝縮された、とろける食感の北海道函館産天然いくら
『North Farm Stock』:北海道産ミニトマト使用!糖度が高く、コクとうまみがたっぷり詰まったトマトジュース
『ル・ボヌール 芦屋』:フリーズドライフルーツにホワイトチョコがたっぷりと染み込んだ新感覚スイーツ
『HAL YAMASHITA 東京』:シルクのようななめらかさ!冷え冷えトロリの新食感"ウォーターチョコレート"