マティーニのほかにも Vol.9

田園調布雙葉出身、親は開業医の28歳女性の婚活が難航するワケ。男との交際を反対されたがその裏には…

東京に点在する、いくつものバー。

そこはお酒を楽しむ場にとどまらず、都会で目まぐるしい日々をすごす人々にとっての、止まり木のような場所だ。

どんなバーにも共通しているのは、そこには人々のドラマがあるということ。

カクテルの数ほどある喜怒哀楽のドラマを、グラスに満たしてお届けします──。

▶前回:エアコンの設定温度でケンカに…。夏のお家デートで露呈した、29歳男の本性


Vol.9 <ゴッドファーザー> 堂島由紀(28)の場合


由紀がひどい頭痛に悩まされているのは、大型の台風が接近しているからだけではない。

総合病院の広い院長室にある革張りのデスクチェア。

そのデスクチェアに深々と身を沈め、みじろぎもせずにむっつりと座り込んでいる院長の眉間の皺のせいだ。

できることならそっとしておきたいが、院長承認をもらわなければならない書類が山ほどある。

秘書としてみすみす放置するわけにもいかず、由紀はなるべく無機質な声で声をかけた。

「院長。また、例の小児科の話ですか?」

「うん。あいつら、何もわかってないんだ。まあいい。由紀、コーヒー」

「…はい」

院内では自分のことを「お父さま」ではなく「院長」と呼ばせるくせに、院長──いや、父の方は自分のことを、所構わず「由紀」と呼ぶ。

その傲慢さに辟易しながらも、由紀はそれを表に出すことなく、黙って給湯室へと向かった。

― お父さまには、何を言ったってどうせ無駄だし。

ドリップコーヒーが一滴ずつカップに溜まっていくように、由紀の心にも黒く、苦い思いがじわじわと広がっていく。

父に歯向かっても、意味はない。

そのことは、1ヶ月前──快利と別れさせられた時に、いやというほど思い知らされたのだから。

この記事へのコメント

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No Name
この連載好きだから是非毎週更新に戻して欲しいです。
彼、九年も付き合って一度も将来の話を出さなかったのは何故だったんだっけ…
2024/08/14 09:0139返信1件
No name
素敵なお父様!!
2024/08/14 06:3933返信1件
No Name
「ゴッドファーザー」カクテルの意味は「偉大」
いい話だった。
2024/08/14 08:5131返信1件
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