2024.06.13
離婚カレンダー〜夫婦の正しい終わり方〜 Vol.10◆
翌日。
「お姉ちゃん、ただいま。とりあえず、ビールもらえる?」
会社終わりの妹の麻美が、楓の自宅マンションにやってきた。まるで男性サラリーマンのように煩雑に脱いだジャケットをソファに放り投げてから、深々と座りこむ。
「花奈―。お姉ちゃん今日からしばらく、花奈のおうちに帰ってくるからねー」
麻美は、姪っ子である花奈に陽気に絡み、花奈も大喜びだ。
だが、しばらく花奈とじゃれあっていたかと思うと、麻美はふいにくるりと楓の方に向き直って言う。
「お姉ちゃんも大変だね。旦那が出て行ったと思ったら、調停も難航してるなんて」
麻美は気の毒そうにため息をついた。
「ま、仕事もここからの方が近いし気にしないで!私は私で自分の家のように勝手にやるから、私がいる間にお姉ちゃんは自分の用事済ませてよ」
急遽麻美を呼んだのには理由があった。
今週末、友人の結婚式があるため、花奈と一緒に留守番を頼みたかった。
また、次の調停までに、楓と光朗が別居ではなく、ちゃんとこのマンションで結婚生活を送っていたことを証明する資料を作成しなくてはならない。
いろいろ意見を聞いたり、愚痴を言ったりする相手が自宅にいると心強いと思ったのだ。
「ちょっと花奈と遊んでくれるだけで助かるー!それに、家に私と花奈だけってちょっと心細かったんだ」
子どもの頃から、楓と麻美は性格が正反対だった。
昔から人に頼らず、自分で達成することに喜びを見いだすタイプの麻美は、男性と付き合っても結局一緒にいる意味を見いだせず、長く続かないことが多い。
「お姉ちゃんみたいな人こそ、さっさと新しい相手を見つけるべきだよ。私なんて、なんでも1人でできちゃうから、どんどん結婚が遠のいちゃう」
今の楓からしてみれば、仕事があり、1人で自由に生きている麻美が羨ましい。けれど、そんな言葉は飲み込み、楓は茶化すように反論する。
「まだ離婚もしてないんだよ、そんなの無理に決まってるでしょ?だいたい子どもだっているのに」
「お姉ちゃんは、真面目だからなー。ところで、例のゴールドはどうなったの?」
麻美は実物を見てみたいと目を輝かせたが、ゴールドはすでに午前中に真壁に預けてしまっていた。
「ごめん、持ってるのも怖くて弁護士に預けちゃった」
真壁は、すでに調停が始まっているのだし、拗らせて自分に不利になるような行動は普通ならしないだろうと言った。また、向こうが4年前からの別居を主張し始めた以上、そうやすやすと家に来ることはないとも。
「なーんだ。見てみたかったな。でもさお姉ちゃん、ゴールドが見つかったのはラッキーだったね。いくら相当なの?財産分与の額、増えるんじゃない?」
真壁に預けたゴールドがどの程度の価値があるのか、実は楓は考えたこともなかった。晴子もゴールドは値上がりしてると言っていたが、光朗に対する恐怖が先立ち、金額は後回しになっていたのだ。
「それが、計算したことないのよね」
楓が打ち明けると、麻美は呆れた様子でスマホの画面を手繰り、相場を調べ始める。
「はい、あった。この店だけど、今日の時点で買取価格は1g13,029円って書いてある。ってことは?」
麻美がスマホの電卓を叩く。
「えっ?ざっと2,600万だよ?」
麻美が声をあげるや、楓は麻美のスマホを覗き込みまじまじと画面を見た。
「ほんとだ…。ゴールドってすごいんだね…」
◆
麻美がやってきてから数日が経った。
「じゃ麻美、花奈のことよろしくね」
日曜日の今日は、大学時代の友人の結婚式がある。
こんな状況だし、楓は出席を見送るつもりだった。だが、同級生同士の結婚式は同窓会のようなものでもある。出欠の返信期限のぎりぎりまで悩み、晴子か麻美に花奈をお願いした結果、やはり行くことに決めたのだった。
「調停のことは忘れて、楽しんできてね」
麻美と花奈に見送られ、楓は軽やかな足取りで自宅を出る。
ドルチェ&ガッバーナの黒のチューブドレスを纏い、髪はエレガントなアップスタイルにまとめた。出席を迷っていたものの、たまにこうして思い切りおしゃれをしてみると、不思議と心も晴れやかになる。
楓は久しぶりになる離婚とは関係のない外出に心を躍らせながら、お台場の海を一望できるホテルのラウンジに向かうのだった。
「さっすが、渋谷区在住のセレブ妻って感じだね」
身綺麗にした楓の姿は、余裕のある妻に見えるらしい。披露宴会場では度々、現状を知らない同級生たちから羨望の言葉がかけられたが、楓は笑って流すことしかできないでいた。
否定したい気持ちもあったが、夫が家を出て離婚調停中なんて、こんなおめでたい席で口にする必要はないだろう。嘘でも隠しているわけでもなく、常識的なことだと楓は思った。
結婚したばかりの友人。仕事が順調な友人。来月から夫の海外赴任についていく友人…。みんなそれぞれの生活を楽しみ、キラキラと輝いて見える。
「披露宴、始まる前に化粧室行ってくるね」
楓は居心地の悪さを感じ、さりげなく会話の輪から外れた。テラスで少しだけ外の空気を吸ってから戻ろう。
そう思って階段を下りていった…その時だった。
「あれ?もしかして楓?」
聞き覚えのある声に、楓は振り返る。
背後から声をかけてきたのは、大学時代の元彼・賢司だ。
「え?やだ。来てたの?」
「久しぶり。っていうか、あれ以来だな」
あれ以来とは、別れて以来ということだろう。
賢司とは大学2年生のあたりから4年ほど付き合った。だが、ゼネコン勤務の賢司が関西に異動になり、関係は自然消滅。いつが別れた日だったか考えても、きっとお互い違う風に記憶しているに違いない。
賢司について嫌な思い出はない。忘れてしまったのかもしれないし、大人になる過程で嫌なこともただの思い出に変わっていったのかもしれない。
ただひとつ言えるのは、遠い将来、賢司との結婚を夢見た時期はたしかにあったということだ。
だが当時はお互いに若くて、それぞれが飛び込んだ社会で生きていくことに必死だった。仕事を覚えて自分の居場所を見つけること。それが最重要事項だった。
自然消滅から数年後、共通の友人から、賢司は海外に転勤し日本にはいないと聞いたことがあった。
「いろんなところに転勤してるって聞いたけど、いつから日本にいるの?」
「2年くらい前かな」
心なしか若い頃よりも、顔つきが精悍になってように感じる。
仕立てのよいスーツに日に焼けた肌。体を鍛えているのが、ジャケットの上からでもよくわかる。
「楓は?結婚したんだよな」
賢司の方も、楓のその後を知っていた。
「うん…」
楓は短く答え、それ以上は何も言わなかった。
賢司も結婚してるんでしょ?と聞こうとした時、背後から「楓ー、時間だよ」と自分を呼ぶ声がする。
「始まるな。いこっか」
賢司が先立ってドアを開け、楓を促した。
「ありがと」
小さく礼を言って微笑み、賢司の横を通り会場の中に入った。
すると、その瞬間。楓の動作でその場の空気が動いたのだろうか。
すぐ近くにある賢司の大きな体から、ふわりとシトラスのフレグランスが漂い、楓の鼻腔をくすぐる。
「この香り…」
あの頃と変わっていない。付き合っていた頃と同じ、賢司の香りだ。
突然の香りに記憶を刺激され、思わず賢司を見上げると、ぴたりと目線が合った。
どうやら賢司の方も、楓のことを見つめていたらしい。
「あ…」
思わぬ衝撃に、楓は反射的に視線を逸らす。
そして、言いようのない胸騒ぎを振り切るように、小走りで席へと向かった。
▶前回:突然家を出ていった夫。残っている荷物を調べると、スーツケースの中からとんでもないモノが…
▶1話目はこちら:結婚5年。ある日突然、夫が突然家を出たワケ
▶NEXT:6月27日 木曜更新予定
離婚調停もいよいよ大詰め!いくらもらえる?家はどうなる?
いつも『離婚カレンダー』をご愛読いただいている皆さまへ
諸事情により来週の『離婚カレンダー』は休載いたします。また6/27(木)から再開しますので、引き続きどうぞ『離婚カレンダー』をよろしくお願いいたします。
東カレWEB編集部
ドルチェ&ガッバーナのドレスとか髪はエレガントにアップとか、楓のファッションなんてどうでもいい。
こんな、脳みそメッキか?位頭悪くてぼんやりした主婦が出来る仕事もなさそうだが、とりあえず子供のためにも働かないと🧐
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