報われない男 Vol.8

「恋がどういうものか、教えます」青森への出張中、37歳人妻に男がしたコト

前回:「22時までに夜桜を見たい」地方出張中に上司を先に帰らせ、意中の彼女と…



弘前公園のさくらまつりに行くため、京子と大輝はタクシーに乗った。

それならばとタクシー運転手がすすめてくれたのは、弘前公園の東門前での下車。2人がタクシーを降りたその瞬間、強い風が吹いて京子が巻いていたストールが舞いあがった。京子の顔を覆ったそれを大輝がほどいて、京子の首に巻きなおしている時に、京子が言った。

「教えてくれる?」
「え?」
「恋とはどういう感情なのか、あなたが私に教えてくれる?」
「…それって、どういう…」

意味ですか?とストールをととのえる手を止めぬまま、大輝が京子に問い返すと、京子はハッとしたような表情になった。

「…ごめんなさい。変なこと言った…」
「…恋を教えてっていいました?今」

確認され恥ずかしさが増した京子は、忘れて、とうつむく。すると大輝が、いや、忘れません!と慌てた声で言って、京子の手を取った。その手がぎゅっと握られ、驚いた京子が顔を上げる。

「教えたいです、恋。オレが京子さんに」
「違うの、恋そのものじゃなくて、恋というものがどういう感情なのかを教えてくれたら…」
「どう違います?」
「…説明するから、ちょっと一旦手を放して…」

そう言って、大輝の手から抜け出そうとした京子のその力を、大輝がぎゅっと引き留めて言った。

「恋を教えるのなら、実技込みにしましょう」
「……実技?」

これですよ、と、大輝はつないだ手を京子の視線まで持ち上げ、行きましょう、とうれしそうに歩き出した。振り払われぬようにと大輝が強めに握ったその手を、京子はほどくことはしなかったものの明らかに動揺し、その顔は夜目にも赤くなっているように見えた。そして大輝も。

― ヤバい。落ち着けオレ。

2人きりになりたいとは思っていたけれど、こんな展開は予想も期待もしていなかった。京子とつないだ手のひらが…まるでそこに心臓が乗り移ったみたいにジンジンと熱を持ち始めている。

― 中学生かよ。

自嘲し、緊張をごまかそうと大輝は饒舌になる。

「たとえ疑似でも京子さんとの初デートだから、ここを選んだ自分を褒めたいです」

ライトアップされた夜桜、手をつなぐにはちょうどいい寒さって最高、と茶化す大輝に京子があきらめたように笑う。その笑顔にキュンとしながら、大輝はここが旅先である幸運に感謝した。東京ならきっと、手をつなぐことはもちろん、2人きりの花見だって躊躇している。

「好きな人を世間の悪意にさらすのって怖くない?……とすれば、そもそも、その思いは報われちゃダメというか…相手を守れるなら報われなくてもよくない?日の当たる場所にでちゃダメな恋なんじゃないの?」

美里にそう言った自分の言葉を、大輝は自戒をこめて思い出す。自分の願いは、京子の望みを叶えること。今はただ、自分の欲望をこの人に利用してもらうだけだ。そう言い聞かせながら、京子の手をぎゅっと強く握りなおした。

この記事へのコメント

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No Name
時を戻せるならご主人の裏切りを止めたいです。オレの思いを伝えるチャンスが消えたとしても京子さんが傷つかない方がいい。
大輝の優しさに感動する。
2024/04/06 06:0445
No Name
毎週こちらの連載のレベルが高すぎます!
ライターさんを知る術はありませんか?他の作品も読んでみたいです・・!
2024/04/06 10:3830返信3件
No Name
を閉じたのはそのまぶしさのせいだと、京子は誰にするでもない言い訳を思った。

くぅ。。。やぱ、このライター、なんかいいわ
2024/04/06 09:2018
もっと見る ( 12 件 )

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