男と女の怪談~25歳以下閲覧禁止~ Vol.45

年間300万以上をエリート男に数年貢がせた女。突然、送金を打ち切られた結果…

禁じ手


「主人と私は、去年結婚15周年でした」

「え、そんなに長く?」

コーヒーを飲みながら、沈黙を破ったのは紀子だった。

思わずカップを持つ手を止めた私に、紀子は照れたような笑みを浮かべた。まるで高校生の恋バナのように。

「ご存知の通り、主人はもう50近いですから。私とも少し歳が離れてるんです。お付き合いを始めた頃は、彼は働き盛り。私は、大学を卒業したばかりのころでした。まさかこんなに彼が出世するなんて、思ってもみませんでした」


康介さんは、国内の大手ディベロッパーに勤めていて、最年少で本部長になった。

コロナ禍の前は、古き良き企業接待があったから、仕事でクラブに連れて来られるうちに私に入れあげた。

そのうち、プライベートでも通うようになっていく。

だがエリートといっても、サラリーマンは、銀座のクラブでは格下の部類だ。

実を言えば、私には他にも何人か「仲良くしてくれる」お客さんがいたが、康介さんは自信のなさの表れなのか、お小遣いをくれる割には控えめで、都合のいいお客さんだった。

「主人は調子に乗っちゃったんですね。会社のお金と肩書で、あなたみたいなキレイなお嬢さんと口をきけるようになって、のぼせちゃったんでしょう」

「…奥様に不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。でも、私とご主人は、奥様が心配なさるようなことは何もないんです。私は銀座でこういった仕事をしてますから、ちょっと調子のいいことも言いますけれど…」

とりあえずしらばっくれようと、しんみりと頭を下げる。すると、紀子はおかしそうに首をふった。

「あ、いいんですよ、もう私全部知ってるんです。あの人脇が甘いから、LINEもメールも簡単に見られました。

ご存知のように、私たちには子どもがいませんし、多少は自由になるお金があったんです。

それであなたの気を引きたくて…。情けない男ですよねえ」

私は彼女の真意をいまひとつはかりかねて、黙っていた。

別れてくれ、と怒鳴りこまれたと思ったが、紀子はいつまでたってものんびりとした口調のままなのだ。

「でもね紗英さん、普通のサラリーマンにとって、月に25万の手当をお渡しするのってけっこうなことだと思いませんでしたか?ほかにお食事代や旅行代もかかるんですから」

「お小遣い」の額までバレている。私は観念した。

「それは私がお願いしたことじゃないんです。康介さんがどうしてもと…。とはいえこんなご時世ですから、甘えてしまったのは事実です。申し訳ありませんでした」

「そうですよね、紗英さんが悪いわけじゃありません。でも、ちょっと困ったことになって」

「困ったこと?」

紀子は人の好さそうな下がり眉を、さらにこれ以上下げられないところまで下げて、頬に手をあてた。

「あの人、紗英さんにお渡しするお金がなくなって、会社のお金に手をつけてたんです」

「ええっ!?そんな…だってたかだか月25万ですよ?」

私が思わず本音を漏らすと、紀子も同調したように頷いた。

「ほんとにねえ。でも、主人の年収って1,500万程度なんです。紗英さんには見栄をはりたかったんでしょうね。でも私に内緒で交際費も含めて工面するのは、難しかったんです。

ついに会社で内々に調べられて、来週にも訴えられるかもしれません」

「どうなるんですか?まさか警察沙汰に…?」

私は思わず紀子に詰め寄った。テレビでみる、水商売の女に億単位の金を貢いだ横領犯の顔が浮かぶ。

「なるかもしれません。退職金と主人が弁償するお金で補填して処理してもらえないか、会社に掛け合っているところですが、難しいでしょうね。クビは間違いないわ」

「どうなさるんですか…?」

あくまでも私には関係ない、というスタンスで、私は尋ねた。横領関連ニュースで私の名前が出たりしたらたまったものじゃない。

「お金を返すために家を売りますし、職も失いますから主人の地元の九州に帰ります。あちらにも仕事なんてないでしょうけど…誰も住んでいない実家があるので、手入れをしてなんとか住めないかと」

「そうですか…それは大変ですね」

私にはそう迷惑はかからなそうだとほっとすると同時に、康介さんの顔を思い浮かべ、少し胸が痛んだ。

役員になったら、紗英にもいいものを買ってやると言っていたのを思い出す。

「そういう訳で、紗英さん。今まで主人がお世話になりました。大変申し訳ないのですが、今日できっぱりと、彼のことは忘れてください。つながりがあるとわかると、警察沙汰になったときに迷惑がかかると思います。主人にも、もう連絡を取らないようにとお灸を据えました」

「…わかりました。そういうご事情でしたらご主人とはもう連絡を絶ちます。着信も拒否しますし、そのうち引っ越しますのでご安心ください」

すると紀子は、今日初めての強い視線でこちらを見た。

「いいえ、そのうち、ではなく至急引っ越してください。

マンションがわかると、またふらふらしてしまうかもしれません。これ、私のなけなしのへそくりです。手切れ金として、引っ越し代の足しにうけとってください」

封筒には50万円とかかれていた。

これで足りるとは到底思えなかったが、どのみち家賃を払うのがきつくて、もっと小さな部屋に引っ越しせざるを得ないだろう。

おとなしく頭を下げて受け取った。

「それじゃあ、もうお会いすることはないと思いますが、紗英さんもお元気で」

紀子は最後まで丁寧に頭を下げて、気弱そうに微笑むとギャラリーを出て行った。


3ヶ月後。

私は清澄白河駅から少し歩いたところにある小さな部屋を借りて、新生活をスタートさせていた。

康介さんとは、あれから連絡を取っていない。

「ま、あの人の好さそうな奥様と二人で、九州に引っ込むのがお似合いね…」

私はトーストをかじりながら、銀座の女として日課の経済誌を読んでいた。

その時、ふとある記事に目が釘付けになる。

康介さんが勤めていた企業の新役員一覧だ。

執行役員 村井康介氏(50)


「…ヤラレタ」

私は数十秒ののち、思わずつぶやいた。

あの女の策略だ。そう、すべて紀子の作り話だったのだ。

困ったような下がり眉と、その下の細い目がよみがえる。

「愛人を、作り話一つで撃退したってわけね…なかなかやるじゃない」

その時、メッセージが入り、開くとクラブの英子ママからだった。お店を来月から再開させたいと書いてある。その場合は、クラブに戻ってほしいとのことだ。

私はすぐに、よろしくお願いします、と返信を打つ。

コーヒーをすすりながら、窓の外を見た。

何の因果が、もうすぐクラブが再開するという。

康介さんは。きっと一度だけ来るだろう。急に身を引いた愛人に、真相を問いただすために、ただ一度だけ。

それが唯一の、反撃のチャンス。焦れた獲物が、我慢ならずにこちらにのこのこやって来た瞬間。

…もはや、男を取り合っているわけじゃない。

私が勝負しているのは、間違いなく、あの女だった。


▶前回:NYから帰国後、空港から隔離専用ホテルに直行。婚約者と20平米ツインで3日間缶詰になった結果…

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