男と女の怪談~25歳以下閲覧禁止~ Vol.7

なぜか夫が私の行動を把握してる…?背徳の美人妻が感じた、優しい夫への違和感

裏アカウント


「でーきた!アクアパッツァ!」

私はウキウキと仕上げのハーブを振りかける。豊洲で鮮魚とアサリが買えたので、急遽レシピを見ながら作ってみたが、まるごと1匹を焼いたのでとっても華やかに見える。

嬉しくなって写真を撮りながら、一瞬どちらにアップするか迷ったが、こちらはむしろ理想の妻としてオイシイ写真。

「オフィシャル」のほうのアカウントを開き、ストーリーズに湯気が立つ様子をアップする。

「さてと、あとはサラダとガーリックバターのバゲットを…」

その時、ピンポーンとエントランスからの呼び出し音が鳴る。耕司君が帰ってきた。予定より少し早い。

「お帰りなさーい」と愛想のいい声でロックを開錠すると、急いでバスルームに飛び込み、ささっとバスタブをスポンジでなでてお風呂をためる。

「りりちゃん、ただいま!今日は冷えるよ~!ちょっと雨が降ってきて、タクシー捕まらなくて参ったよ」

「お帰りなさい!今日は車で行かなかったもんね。…あれ?珍しいね、ワイン?」

私は、耕司君が手にしているワインボトルらしき紙袋を受け取りながら中をのぞく。

白ワイン。アクアパッツァにぴったりの。

ふと、違和感を覚えた。

―あれ?アクアパッツァは急遽決めたのに…。朝は、冷えるから牛タンのシチューがいいかもっていう話、してなかった…?

「わ~、なんか美味しそうな白だねえ。急いで冷やさなきゃ。実はね、朝は牛タンのシチューって言ったけど、急にメニュー変えたんだ」

「知ってるよ、お魚だよね?だから白にしたんだ。アクアパッツァなんて作ってくれるの初めてじゃない?」

私はギクッとして思わず耕司君の顔を凝視した。

今日の昼間。彼氏のリクと有明の新しいホテルで会って、その帰りに思い立って車で豊洲市場に立ち寄った。そこで鮮魚をさばいてもらった。

インスタの、顔も名前も出していない、いわば私の裏アカには、そのことがアップされている。

こちらのインスタは、結婚前から続けており、私はいまだ独身の26歳で、自由にイケメンとの恋愛や美食を謳歌している、いわば「フェイクリア充自慢アカウント」だった。


―まさか、あのアカウントを見られてるの…!?

「ど、どうしてアクアパッツァだって知ってるの…?」

「えー、だってりりちゃん、たったいまストーリーズに美味しそうな写真、アップしてたじゃん」

ほっとして力が抜けたのを気づかれないように、急いで彼が差し出すジャケットを受け取った。

良かった、見られているのはリアル凜々花のオフィシャルアカウントのほう。

清廉潔白な、若くて美人で、ちょっとドジなセレブ妻の、毒にも薬にもならない退屈な写真が並ぶアカウントだ。

「え!?耕司君、もうチェックしてるの?あれ、ついさっきアップしたんだよ。びっくりしたあ」

耕司君はえくぼのできるやわらかい、熊のような大きな手で私の頭を撫でた。

「りりちゃんのことはなんでもお見通し。さ、ワインが冷えるまで、先にお風呂入ってこようかな」

鼻歌でも歌い出しそうな様子で、すたすたとバスルームに入っていくのを、冷めた目で見つめた。お風呂がいつでも絶妙なタイミングで湧いていると思うなよ。

そんな風に毒づく自由を、この何不自由のない裕福な専業主婦の身分と引き換えに、私は永遠に失った。

―はやくリクに会いたいな。

最初は、既婚者同士のあとくされのない気楽なデートだったはずなのに。

今では、リクと一緒の裏アカの人生に、やるせない現実の凜々花の人生のぶんも寄りかかっていた。



「うん…不審なアカウントは、ないよね」

その夜。傍らの耕司君が小さくいびきをかき始めたのを見計らって、私は洗面所の椅子に座って、自分の裏アカウントのフォロワーを点検した。

顔も名前も出していないから、ここにリアルな知り合いの名前は一つもない。

東京のちょっとおしゃれなバーやホテルの投稿をデートの参考にでもしているのか、100人ほどがフォローしてくれている。

オフィシャル凜々花アカウントの10分の1以下程度だったが、それもちょうどいい「観客」人数だった。

豊洲のお買い物をアップしたストーリーズを閲覧したメンバーはさらに30人ほど。もちろん、耕司君のアカウントの記録はない。

携帯は指紋認証にしているし、LINEの通知も画面に出ないように設定している。

私はほっとしながら、それでもこの快適な二重生活を続けるためにはもっと気を付けなければと気を引き締めた。

なにせ、来週、耕司君の出張に合わせて、リクと初めての旅行に行くのだ。

「リク、支笏湖温泉が楽しみで眠れないよ」

思わず気持ちがあふれて送ったLINEは、すぐに既読がつき、そして返信がくる。

「僕もだよ」

ああ、こんな風にLINEひとつで胸がぎゅうっとなるなんて。こんな気持ちを知ってしまったら、もう永遠に続く退屈な凜々花の人生に戻れない。

私は北海道のドライブ情報を、いつまでもスクロールして、旅に思いを馳せた。

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