東京ミリオネア Vol.2

26歳で年収約3億円。失敗を経験しながらも大手外資系証券会社のマネージャーに上り詰めた軌跡とは

年収が上がっても、幸福度は一定以上は上がらない…。

世間で言われているこの言葉は、果たして本当なのだろうか?

たしかに、年収3,000万も5,000万も、暮らしは大して変わらないのが東京の現実である。

であれば、1億円以上稼げば、さすがに違うのでは?

そこで東カレは、1億円プレーヤーが考える『お金と幸福感』について、東京ミリオネアたちへのインタビューを敢行した。

年収1億円を稼ぎ出す人が考える、お金とは?幸福とは?

前回は、月収5万から年収2億を掴んだ男性を紹介した。今週は?


【今週のミリオネア】

名前:石川さん(仮名)
年齢:40代
年収:1~2億円
職業:大手外資系証券(今年退社)、エステサロン経営
住まい:東京
家族:独身(愛犬と同居)

初めての“ワンミリオン”は26歳


今回お話を聞いたのは、今年大手外資系証券会社を退職したばかりの石川さん。

金融機関での勤務経験だけでなく、エステサロン経営など幅広い分野でマルチな才能を発揮している。高校時代にはアメリカ留学を経験し、大学卒業後は日系証券会社に就職した。

石川さんが大手外資系証券会社のマネージャーに上り詰めるまでの軌跡とは? 収入と幸福度の相関関係と、お金を増やすためのビジネスマンの極意をうかがった。


――まずは、石川さんの生い立ちについて教えてください。


石川さん:父親は公務員で、年収400万円前後のごくごく一般的な家庭で育ちました。

ターニングポイントになったのは高校1年生の1学期。志望校に落ちてしまい、滑り止めで受けた高校に進学したのですが相性が合わず…。

自身で探してきた米国政府の奨学金制度を利用して、アメリカ留学を決めたんです。

訛りの強い英語に苦労しましたが、数ヶ月で日常会話には困らないレベルまで上達しました。当初1年間の留学予定だったのですが、成績が良かったこともあり最終的には3年間をアメリカで過ごしました。

この時間で学んだのは「本気でやれば身に付くこと」と「失敗しても修正できること」。自分の人生観を形成する材料になったかなと思います。

月収40万円の大学時代。新車でマスタングを購入するなど、金銭感覚は激変


―――10代で、その決断力と向上心を持たれていたのですね。帰国後はどのような生活を送られたのでしょうか?


石川さん:帰国後は都内の大学に進学し、英語スクールの講師としてアルバイトをしていました。週末は他県に出張して授業をすることも多く、忙しく過ごしていましたね。

ライフチェンジャーとなったのは、英語スクールの社長。実力主義で、能力がある人間には学生であっても見合った評価をしてくれるんです。私自身は当時40万円前後の月収をもらっていました。

この頃はじめてお金を稼ぐことの意義を知り、「能力を評価してもらって、それがお金に繋がる」という良いサイクルを学びました。

上質な食事を楽しんだり、350万円のマスタングを新車で購入したり、お金への価値観が変化したのを覚えています。


―――月収40万で外車を新車購入…大学生の生活ではないですね。貯金はしていましたか?


石川さん:その頃は貯金については一切考えていませんでした。といっても、大学生が毎月40万円を使い切るのはなかなか難しく、意識せずとも残っていく感じでしたね。

高校受験の失敗があってもアメリカ留学や第一志望の大学へ進学できたことで、人生でもリカバリーショットを打てるんだと気付きました。大胆にリスクをとって行動するようになったので、本当に良い経験だったなと思います。

大失敗の就職から、外資系証券会社に進むまでの道のりとは?


――――就職を機に、1億円プレイヤーへの道を進まれたのでしょうか。


石川さん:いや、そんなこともなくて。実は就職活動で第2の大失敗をしてしまったんです。

ちょうど就職氷河期だったこともあり、都内有名大学であっても第一志望の外資系証券会社には受かりませんでした。

最終的に「初年度年収400万円のコンサルティング会社」と「月収16.8万円の日系証券会社」で悩み、証券会社を選びました。

目先のお金に捉われずに証券会社に就職したことが、今考えると非常に大きな決断だったと思います。

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