「田舎暮らしなんて、考えたことがなかった」東京育ちのお嬢様が経験した、地方生活のリアルとは

大事なものは全部“東京”に集約させていた


彼女はよくこのカフェに来るらしく、店員とは顔なじみのようだった。「リコッタチーズのパンケーキ、お願いします。」と慣れた調子で追加オーダーをすると、窓の外いっぱいに広がる白樺の木立を眺めた。

さっきまで陽光が煌めいていたが、午後4時、心なしか暗く、日没の気配が漂ってきたではないか。さすが北海道、イギリスと同程度の緯度なだけある。

「…私、大事なものは全部『東京』に集約したかったんです。家族も交友関係も、キャリアも。持って生まれたもの、築いたもの全部。せっかく東京に生まれたんだから、それを最大限に生かして効率よく生きていきたかった。」

彼女がそう考えるに至ったのは、どんな経緯があったのだろうか?

「だってそうでしょう?東京にはハードとしてすべてがそろっている。じゃあ個人的なソフトもそこに集められれば言うことない。最強の勝ち組だと思ったんです。だから大学時代から付き合ってた彼氏にも、転勤のない会社に行ってねと頼んだくらい。」

彼女の愛らしい印象からするとかなり堅実かつシビアなセリフ。だが北海道に来た理由は、夫の転勤についてきたと聞いている。計画通りとはいかなかったということか。

「…そうなんですよ。彼が28歳、私が26歳の時に結婚したんですが、翌年彼が財閥系の超大手ディベロッパーに転職が決まったんです。お給料は格段に上がるし、海外駐在の可能性もある。何より彼のやりたいことだから反対はできませんでした。」

夫の勤務は東京の本社でスタートし、外資系航空会社で英語を生かしたオフィス勤務の彼女と、最強のDINKSライフを送った。

週末婚からの、千歳市への移住


しかし結婚3年目、夫が肝入りのレジャー施設のプロジェクトチームに配属され、北海道千歳市への辞令が出る。

「お互い、3秒で“単身赴任にしよう”と決断しました。プロジェクトの現場も近くて毎週金曜最終便ですぐ帰れるし、空港のある千歳に住むのは都合が良かった。週末婚のような感じでお互い行ったり来たり。」

週末婚のような生活は、かなり充実していたようだ。彼女は当時を振り返ってこう語る。

「私も別荘気分で…そうすると北海道って最高なんです。まあ一番いい季節の春夏だった、ってことも後から考えると大いに関係してたんですけど…。食材は新鮮、ちょっとドライブすれば世界遺産、温泉、牧場、絶景スポット。根っからの東京人の私でさえ、骨抜きになりました。」

…意外にも単純でピュアな部分もあるらしい。だが半年の単身赴任を経て、彼女は夫の住む町に引っ越してきた。

「ちょうど秋、去年の今頃ですね、ここに来たんです。週末婚もよかったのですが、さすがにずっとこれを続ける訳にいかないし。不動産屋さんには、せっかくこっちで住むんだからと“駅徒歩47分の庭付き4LLDK一軒家”などを勧められましたが、頑として突っぱねて、町で唯一の鉄筋10階建て駅前マンションに決めました。だってどうやって毎朝雪おろしなんてしたらいいんです?」

新居を整え、秋も深まった頃、ふと空を見上げた彼女は気がついた。午後3時半には、辺りはすでに夕闇に包まれ始めていたのだ。

北海道の、冬が迫っていた。彼女の北の大地での奮闘は、ここから始まった。

おすすめ記事

もどる
すすむ

東京カレンダーショッピング

もどる
すすむ

ロングヒット記事

もどる
すすむ
Appstore logo Googleplay logo