Love Letters Vol.3

“幸せな夫婦”だと信じていたのは、夫だけ。ある日突然、妻が消えた理由とは

放射線治療、化学療法、などという様々な治療法があること。それらの効果や、体にどのような影響を与える可能性があるのか、という話を、医師は細かく説明してくれた。

私が1番恐れたのは、私に適した治療はあるが、その治療により記憶に障害が出る可能性がある、ということだった。

「認知症のような症状が出ることが、ない、とは言えません」

多少の延命はできても、完治はしない治療ならば。

「私、記憶だけは絶対になくしたくない。何一つ、忘れたくないんです。それにできれば、入院はしたくありません。

医師にそう頼み込むと、では、今後激しくなるであろう、痛みや苦しみを緩和していく治療をしましょう、と、週1、2回の通院を提案された。

「ご家族にも、説明させて頂きたいのですが、お時間を作っていただけますか?ご主人とか…」

医師はそう言ったけれど、私は、その質問を曖昧に誤魔化したまま、診察室を出た。



バスに乗る気分にはなれなくて、タクシーに乗った。

夫の悠人(ゆうと)に連絡を入れるべきか…と、携帯を取り出してみたけれど、LINE画面を開く気になれなかった。

結婚して2年。引っ越してきて、ちょうど1年程が経った、白金の我が家へと入る。同棲時代から住んでいたマンションの更新が迫った時に、夫が子供部屋を考えてマンションを買おう、と言った。

外では、ビシッとクールに振る舞う癖に、家では別人の夫。私の姿が少し見えないだけで探すような、3つ年下の甘えん坊の悠人が、誇らしげに、家を買う宣言した日のことを、今も鮮やかに覚えている。

―洗い物、してた時だったな。

「やっぱり3LDKくらいは欲しいよね。子供が2人くらいできることを考えるとさ。でも今住んでる場所からあんまり離れたくないし…パパ頑張らなきゃなあ」

子供を作ろうという話をしたばかりで、妊娠の気配すらないのに先走り、テンションが上がっていく夫に、私は冷静を装い言った。

「まだ子供ができるかどうか、分からないでしょ?お互いにプレッシャーになっちゃうんだから、はしゃぎ過ぎないで。

それに、3LDKのマンションを白金に買うなんて…。無理しないで。白金でなくてもいいじゃない」

―悠人と一緒なら、どこでも、どんな部屋でも構わないのに。

そう思っていたくせに、照れ臭くて口にできなかった。私はいつも年上の女を気取ってしまうのだ。

でも、悠人はめげることがない。洗い物の手を止めずにいた私を、後ろからぎゅっと抱きしめ、耳元で言った。


「マイホームは、俺の覚悟の証明、ってことで、ちょっと背伸びして買わせてくれない?一応、そこそこ稼ぎはいいじゃん、俺。そのうち遥が頼れる男になるからさ。長い目で見守っててよ」

グッときた。本当に嬉しかった。素直にありがとう、と言えば良いのに、私は悠人の方を振り向きもせず、わかった......


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