「気がつけば、男女の仲に...」男の巧妙な手口に洗脳され、家族にまで見捨てられた32歳女の事情

彼の支配から逃れるまで


「軌道に乗っていた事業でしたが、初期メンバーのひとりが突然退職を申し出て来たんです。私の片腕として活躍してくれた大切なスタッフだったので驚きました」

どうやって引き留めたら良いか彼に相談した。

「しかし彼には、『目下の奴が言う事なんて気にするな』『その女は役目が終わっただけだ』と言われただけでした」

その1カ月後、なんと残っていた初期メンバー達が一斉に退職を申し出てきたのだ。

理由を尋ねると「春香さんは、現場のこと何も知らないじゃないですか。そんな人に何を言っても無駄です」と言われる始末。

「スタッフは駒だ」と宮田から聞かされていた春香は、先月辞めてしまった彼女に、スタッフ管理を全て任せていたのだ。しかも彼女は、単にスタッフ管理だけでなく、皆のモチベーションを維持する大切な役割を担っていた。

春香は、彼女が辞めた後のフォローをしていなかったため、スタッフのモチベーションは下がり続け、内部崩壊が起きていたのだ。 結局、一時的に事業を縮小し一部店舗のみの営業にせざるを得なかった。

「事業をスタートさせてから、初めて大きな挫折でした。 売上や事業拡大に注力することが自分の役割とばかり思い込んでいましたが、内部スタッフのフォローも経営において大切なことなのだと気づかされました」

ー宮田のようにスタッフは “使い捨ての駒”だと割り切る事はできない。会ったら、自分の考えを彼に伝えよう。

その日は、会合先にいる彼を車で迎えにいきそのまま彼の自宅に行く約束をしていた。

彼を迎えに行き助手席に乗せて走り出してすぐに、道路の真ん中にうずくまる子猫を見つけ、思わず春香は急ブレーキを踏んだ。

ーあやうく轢いてしまうところだった。

春香は弱っている子猫を拾い車に戻ると、彼はあからさまに嫌な顔をして「そんな汚い猫なんか拾ってくるなよ」と言ったそう。

彼の言う事はこれまでの春香にとって絶対だった。でもスタッフだけでなく、小さな命でさえ平然と切り捨てようとする彼に徐々に怒りが生まれてきた。子猫を抱きながら黙っていると「猫が欲しければ血統書付の猫を買えば良いじゃないか」と宮田はいつもの調子で言い放ったとのこと。

ふと、春香は薄汚れた子猫に自分を重ねる。元々は自分もこうだった。たまたま彼に拾われたようなものなのだ。

「昔のお前だったら野良猫で十分だが、今は違うだろう?そういう女にしたつもりはないぞ」という宮田の一言で春香は目覚めた。出会った時の彼は、家柄も何もない私にも関心を寄せる優しさがあった。でも今の彼にはそんな優しさは微塵もないのだと。

「そもそも私は彼の思い通りになる、ペットのようなものなのだったのかもしれないって気付きました。視界がグラリと歪みましたが、頭の中は一気に霞が取れクリアになりました」

「とにかく今すぐ猫を外に戻せよ。そうでなければ、お前の車にこれ以上乗っていたくない」とため息をつきながら助手席のドアを開け車から彼が降りた。

「そのタイミングで、すかさず私は彼にいってやりました。“私、本当に大事なものを思い出したわ。今まで本当にありがとう。あなたはいつも私に大切な事を教えてくれたわ。私はあなたより、一緒に働いてくれるスタッフ達やこの子猫を大切にしたい”って。

彼は目を見開きこれまでに見た事がない程、驚いた顔をしていて、まるで従順なペットに初めて噛みつかれた時みたいでした」

春香は呆然とする宮田を尻目にアストンのアクセルを床まで踏み込み、その場を立ち去ったという。

「その後、彼とは一度も顔を合わせていません。代わりにその時の猫が今の私のパートナーです」

春香はコーヒーを飲みながら平然と言った。報復があるかもと覚悟したが、1年経った今も何もなく、深く反省した春香の事業は持ち直し、現在は安定しているという。

事業のきっかけを作ってくれた彼には感謝をしているが、そもそも1円も出資してもらった訳ではなかったので、連絡さえ取らなければ彼と交わる事もないのだ。

「あの呆然とした彼の顔は、一生忘れないと思います」

彼女は爽やかな笑顔を見せた。

助手席から卒業し、アストンマーチンを自ら運転する彼女は、支配する男からも卒業した女性起業家だった。

Fin.

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