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  • “結婚願望のない元彼”が忘れられない29歳女。3ヶ月ぶりに連絡を取ろうとしたときに起きた嬉しい誤算



    私はその後、松坂太一が使っていた『Spotify』をダウンロードし、朝起きてから夜寝るまで、その日の気分に合わせたプレイリストを聴くのに夢中になった。

    朝は、自分の1番お気に入りの曲を、と大好きな宇多田ヒカルの「宇多田ヒカルの音楽と、あの頃の私」というプレイリストを聴いた。

    久しぶりに「First Love」を聴くと、学生時代の甘酸っぱい出来事をたくさん思い出し、いつか今の辛い記憶もこうなるんだろうな、という気持ちになった。

    通勤途中は「Summer Time」を。その中に入っていた松坂太一お勧めの「ain't on the map yet 」が気に入って、Nulbarichは好きなバンドの一つになった。

    また、夜一人で寂しくて彼に連絡してしまいそうなときは、「眠れぬ夜の音楽」を聴いた。まるで誰かが、自分の気持ちに寄り添ってくれるような気分になった。


    そして大きな前進もあった。失恋話をつまみに、友人と久しぶりにお酒を飲んだのだ。飲み過ぎて二日酔いに苦しんだ翌日は「Hangover Friendly」を聴きながら気分を切り替え、話を聞いてくれた友人にお礼のLINEを打った。

    こうして毎日『Spotify』を使っていくと、どんどん私へのお勧めの曲が表示されて、徐々に好きな曲が増えていった。

    新しい“好き”が増えていけばいくほど、永原淳平との記憶は薄らいでゆく。

    だから興味のない音楽を聴きながら、味気のないシリアルを食べる生活をやめ、徐々に自分のリズムを取り戻していった。永原淳平も忙しいのか、時たまあった連絡もなくなり、穏やかな日々が続いていた。

    そして別れて3ヶ月が経った、ある日。

    残業中に何気なくチェックしたFacebookに、“永原淳平”の投稿があがってきたのを目にしてしまった。起業準備をしていた彼が、新しい会社をスタートしたという報告。1時間前のその投稿には、すでに108の“いいね!”と23件のコメントがついている。

    それを見て、私はいてもたってもいられなくなった。

    付き合っていた当時からずっと、彼の起業話を散々聞いていたし、傍にいて苦悩している姿も知っていた。だから今すぐ連絡して、せめて「おめでとう」と一言だけ伝えたい。

    そんな衝動に駆られた私は、パソコンをパタンと閉じて、勢い良く椅子から立った。

    そして鞄を持って帰ろうとした瞬間、「折原さん」と声をかけられた。


    声の主は、松坂太一だった。



    「折原さん、それ絶対連絡しちゃだめですよ」

    Facebookの投稿を見てから30分後、私は恵比寿の『うまえびす』でなぜか松坂太一と向かい合って食事をしていた。そして私は、永原淳平との顛末を彼に話していたのだった。

    松坂太一とは『Spotify』を教えてもらってから、社内ですれ違ったときに少し話すようになっていた。彼は音楽に詳しく、たいていは「お勧めの曲がある」と話しかけてくる、ただそれだけの関係だったけれど。

    「だって、せっかく忘れかけているのに。また、昔の折原さんに戻っちゃいますよ」
    「……」

    松坂太一はそう言って、お皿に少し残っていたサラダをさっさと片付けて、馬刺しの盛り合わせを注文した。

    「とにかく絶対連絡しちゃだめですからね」

    そう念を押された後はとりとめのない話をして、冷酒を一合だけ分けあって飲み、1時間ほどで店を出た。

    少し話し足りない気もしたが、後半、松坂太一の口数が珍しく少なくなってきたので、今日は付き合ってくれてありがとうとだけ言って、すぐに別れた。

    ―絶対連絡しちゃだめですからね。

    帰ってから松坂太一のその言葉を心の中で何度も反芻し、私は連絡したい気持ちをぐっと堪えて眠りに就いた。

    いまの私に、その言葉はとてもありがたかった。



    翌朝、目を覚ますとスマートフォンに1件のポップアップが通知された。

    ―彼に連絡したくなったら、これを聴いてください。

    松坂太一からのメッセージとともに送られてきたのが、「Moving Forward」というプレイリスト。作成者は「Taichi」となっている。

    ―前へ…?

    突然何だろうと驚きながらも、送られてきたその1曲1曲を丁寧に聴きこんだ。

    そのプレイリストは、「Moving Foward」というタイトル通り、失恋した私を励ましてくれるものだと思っていたが、ところどころにラブソングが織り込まれていた。

    ―なんだろう、これ……。

    自分の顔がどんどん赤くなっていくのが分かる。聴き終わったあと少し迷ったが、私は松坂太一に連絡した。

    「あの…。ありがとうね」

    彼は恥ずかしかったのか、プレイリストに入れていた曲の説明を一つひとつし始めた。

    こうして私の“好き”はまたひとつ、増えていくのだった。

    ―Fin.



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