「そんなものでいいの…?」
呆気にとられた麻莉奈に、紗和子は微笑んでみせた。麻莉奈は過去の作品に全く愛着を持たず、寧ろ捨てて欲しいとさえ願う。過去より今。そして未来。自分は進化し続けると確信しているから。そんな麻莉奈の性質を誰より知る紗和子だからできた提案だった。
「もちろん、ただ譲渡してもらうだけじゃない。作品が売れたり使用される場合の著作権料は、今まで通り麻莉奈に7割支払う」
奏は、紗和子があっさりと手を引いたことに言葉を失い、「何か裏があるんじゃないですか」と、破格すぎる条件に疑いをぶつけた玉川に、紗和子はもう一度ゆったりと微笑んでみせた。
「去る者に追いすがり引き止めることは私の美学に反します。それに、私が騒ぎ立てれば騒ぎ立てるほど、皆さんを楽しませるだけですからね」
それは本心だった。玉川も「さすが誇り高きキングメーカー!ご立派です!」とその場ではそれ以上、追及しなかったという。きっと私がプライド故に強がったと思っていることでしょうね、と紗和子の目が鋭くなる。
「この時には、すでに思いついていました」
「復讐計画を、ですか?」
まあぼんやりとですけどね、と紗和子は頷いた。
「麻莉奈が作りだしたキャラクターがいます。お2人もご存じだと思うんですけど」
紗和子が差し出した携帯を見ずとも知っている。麻莉奈が生み出した、ライオンを女の子に擬人化したキャラクター。ラグジュアリーブランドとのコラボで作られたぬいぐるみ型のキーホルダーは、限定生産が故に発売と共に完売し、オークションサイトでは、1つ10万円強という定価に何倍もの値がつき取引されている超人気商品だ。
「このキャラクターを含め、麻莉奈がこれまでに作った作品は、小さなものから大きなものまで…絵画、彫刻、空間アートなど、ゆうに数百点はあります。私はそれらの全てを――何にどう使おうと自由、という権利を得たわけです」
「麻莉奈さんに、平凡の烙印を押す、とは…?」
どういうことなのか。ここまで話を聞いても、ともみには理解ができず素直に聞いた。
「最近、麻莉奈はぬいぐるみキーホルダーの第二弾の企画に取り掛かり始めたようで、ローンチは2年後を目指すとのことです」
ラグジュアリーブランドの新商品企画についての情報など、特級の秘匿情報のはずだ。けれどきっと、どんなに秘されている情報であっても、紗和子には手に入れる力があるということなのだろう。
「第一弾のキャラクターの意匠を私が握っているので、全く違うキャラクターを生み出すつもりのようです。玉川が、私とは全く無関係なキャラクターにして儲けようと、麻莉奈に強欲にけしかけたんでしょうね」
その愚かな狡猾さも、もうすぐ無駄になるわけですが、と紗和子は続けた。
「ローンチの2年後を見越して…私は最近、トイレットペーパーや、使い捨てのビニール傘、300円ショップで売られる文房具、スナック菓子――つまり、大衆向けに安値で売られる日用品を生産するそれぞれの企業に、麻莉奈の作品の意匠を売りました。
麻莉奈の特徴的な色彩や星形を使ったデザインも、クリアファイルやノート、あとはそうですね、スーパーの包装紙にも使うことを許可しました。
あと半年もすれば、麻莉奈のキャラクターやデザインが量産され、誰でも手に取れる値段で、コンビニにも並べられる。そうなれば――2年後にローンチ予定のラグジュアリーブランド側はどうすると?」
「…おそらく麻莉奈さんとの契約は…」
「打ち切るでしょうね。彼らは、大量生産され安値で取引されるものに意匠を渡したアーティストを使うことはないし、間違いなく麻莉奈は切られる。けれどただの契約破棄だけでは麻莉奈は傷つきませんし、自らが何を失ったのか…その重要性に気づかない。
だから契約を破綻させることはいわばおまけで――その先に復讐のゴールがあります。そのゴールとは…」
紗和子は、まるで明日の天気でも予想しているかのように、軽やかに続けた。
「麻莉奈の才能を食いつぶすこと。そのために私はあの子が“大量消費”されるための準備を整えたんです」
ようやく――復讐計画の全貌が見え始めた。才能が食いつぶされてゆく。一度はアイドルとしての成功を目指したともみにも、誰かの一存で自分の可能性など簡単に吹き飛んでしまうやるせなさは生々しく、喉元に不快な熱がせりあがってくる。
「彼女の作品が日用品となってどこにでも溢れ、安値で売られることで、世界は彼女の作品に飽きていくはずです。それも猛烈なスピードでね。
彼女は自分のことを“替えのきかない唯一の存在”だと信じているから、迷いなく作品を生み出し続けることができるんです。けれどこの先、人々は彼女の作品を『尊び、選ぶ』のではなく、ただ『消費』し、飽きたら捨てる。麻莉奈は自分の魂とも言うべき作品が、簡単にゴミ箱行きになる世界で生きていくことになるわけです。
本物の価値になど興味のない大衆が、麻莉奈の才能を、文字通り“食いつぶして”いく。それに麻莉奈が耐えられるのか…いえ、耐えられるわけがないんです」
紗和子が、ふふ、と今日初めて小さく声を上げて笑った。
「才能は天から与えられたもの。けれど多く与えられた者ほど誘惑も耐えず、堕ちるのも簡単です。だからその才能を正しい道へと導くガーディアン(守護者)が必要なんですよ。けれど彼女は私というガーディアンを切り捨てた。その報いを…しっかりと受けてもらわなければ」
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この記事へのコメント
いやー安い日用品とかのデザインは、簡単にゴミ箱行きになる所までこだわるのかなぁ…。 例えば草間彌生氏なんて食器から文房具、傘やら食品パッケージ、ヴィトンやビルとのコラボまで幅広いけれど「耐えられない」とか思わないような…。 凡人が考えた復讐劇は所詮凡人レベルで終わるのかも?!