「そうでしょうか…僕は、その、良い脚本(ほん)になってきたと…」
口にしたものの続かず、口ごもってしまった宮本の後を引き受けたのは、キョウコだった。
「私は監督がおっしゃるほど、辛辣な評価を受けるものだとは思いません。友坂くんが作ったキャラクターは興味深いし、彼のセリフとト書きにインスパイアされたからこそ、思いつけたシーンもあるんです。何より彼の文章は…」
「確かに、文章はうまいよ。でも、これは小説ではない。脚本だろ?どれだけ文字面が美しくても、映像が浮かんでこない言葉には意味がない。友坂くんは自分の文章力に酔ってるだけなんじゃないのか?そんなことはキョウコ、君が一番わかってると思っていたけど」
君らしくない判断だね、と言葉を足した崇に、キョウコが黙った。反論を考えているというよりは、崇の指摘を反芻しているのだろう。やみくもに自分の意志を押し通さず、他人の意見にもきちんと耳を傾ける。それがキョウコの人としての魅力であり、脚本家としての才能でもあると改めて思いながら崇は続けた。
「友坂くん、君自身は…オレの意見をどう感じた?」
穏やかに微笑んだ崇を真っすぐに、その美しい瞳で見つめ返した大輝は、しばらくの間ののち、言った。
◆
ただいま、と呟いたけれど返事がない。日の傾きかけた午後5時。すでにともみはいないのか…と大輝がリビングのソファーに倒れ込んだ時、バタバタと小気味のいい足音が聞こえてきた。
「よかった、出る前に会えた。うわ、大丈夫?顔色悪いよ」
出勤スタイルで寝室から出てきたともみが、あおむけの大輝を覗き込む。その心配そうな顔に力なく微笑みを返すと、大輝は両手を大きく広げ、グイっとともみを引き込んだ。
きゃっ、と小さな声を上げた心地よい重みが倒れ込んでくる。ぎゅっときつく抱きしめると、何かあった?というささやきが大輝の胸に直接響いた。
「何にもない」
「うそ、あったでしょ?」
大丈夫、徹夜で疲れただけだよと、返し、その肩に顔をうずめた大輝は、ともみのいつものヘアオイル…ほのかなラベンダーとゼラニウムの香りに、ホッとした。
「ごめん、出勤前に。もう時間だよね、いってらっしゃい」
抱きかかえていた腕を解くと、ともみは名残惜しそうに起き上がりながら眉根を寄せた。
「ほんとに…大丈夫?少し、出勤時間遅らせようか?」
大輝が、もう眠るから大丈夫、と微笑むと、なんかあったらすぐ連絡してね、とともみは何度も振り返りながら出て行った。愛おしいな、と胸を温かくしながら見送ったあと、ベッドに行く気にならず、もう一度ソファーに寝転んで瞼をきつく閉じた。
― 悔しいな。
崇は痛烈な批判をしただけではなく、大輝の脚本の、どこに、どのような厚みが足りないのかを、細かく具体的に指摘していった。その度に大輝は、ぐうの音もでず、いちいち最もだと気づかされることになった。
指示を残した崇がホテルを後にしたのは、午前6時過ぎ。そこから大輝は作業を続けたが、当然午前8時の締め切りには間に合わず、先ほどまでホテルステイを延長して書き続け、ようやく崇のOKをもらった時には、これまで積み上げてきた脚本家としての自信は、粉々にされた気分だった。
それでも、崇の指摘を受け修正した脚本の方が、段違いによくなっている。それは大輝だけでなく、宮本も、そしてキョウコも、認めざるを得なかった。
「目に見える、聞こえる、そんな事象だけが全てじゃないだろ?人には言葉にできない、行動にも表せない感情がある。それを探し出して浮き上がらせて、見てくれる人達の胸に響く形に…映像にしていくための言葉や文章が――脚本なんだよ」
崇の言葉を思い出し、ギュッと目を閉じる。世界的なヒットメーカー、門倉崇への圧倒的な敗北感に、大輝は文字通り、打ちのめされていた。
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