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TOUGH COOKIES Vol.52

離婚の話し合い中の夫婦と、妻の愛する男が、午前3時のホテルのスイートルームに揃ってしまった夜

SUMI

「そうでしょうか…僕は、その、良い脚本(ほん)になってきたと…」

口にしたものの続かず、口ごもってしまった宮本の後を引き受けたのは、キョウコだった。

「私は監督がおっしゃるほど、辛辣な評価を受けるものだとは思いません。友坂くんが作ったキャラクターは興味深いし、彼のセリフとト書きにインスパイアされたからこそ、思いつけたシーンもあるんです。何より彼の文章は…」
「確かに、文章はうまいよ。でも、これは小説ではない。脚本だろ?どれだけ文字面が美しくても、映像が浮かんでこない言葉には意味がない。友坂くんは自分の文章力に酔ってるだけなんじゃないのか?そんなことはキョウコ、君が一番わかってると思っていたけど」

君らしくない判断だね、と言葉を足した崇に、キョウコが黙った。反論を考えているというよりは、崇の指摘を反芻しているのだろう。やみくもに自分の意志を押し通さず、他人の意見にもきちんと耳を傾ける。それがキョウコの人としての魅力であり、脚本家としての才能でもあると改めて思いながら崇は続けた。

「友坂くん、君自身は…オレの意見をどう感じた?」

穏やかに微笑んだ崇を真っすぐに、その美しい瞳で見つめ返した大輝は、しばらくの間ののち、言った。



ただいま、と呟いたけれど返事がない。日の傾きかけた午後5時。すでにともみはいないのか…と大輝がリビングのソファーに倒れ込んだ時、バタバタと小気味のいい足音が聞こえてきた。

「よかった、出る前に会えた。うわ、大丈夫?顔色悪いよ」

出勤スタイルで寝室から出てきたともみが、あおむけの大輝を覗き込む。その心配そうな顔に力なく微笑みを返すと、大輝は両手を大きく広げ、グイっとともみを引き込んだ。


きゃっ、と小さな声を上げた心地よい重みが倒れ込んでくる。ぎゅっときつく抱きしめると、何かあった?というささやきが大輝の胸に直接響いた。

「何にもない」
「うそ、あったでしょ?」

大丈夫、徹夜で疲れただけだよと、返し、その肩に顔をうずめた大輝は、ともみのいつものヘアオイル…ほのかなラベンダーとゼラニウムの香りに、ホッとした。

「ごめん、出勤前に。もう時間だよね、いってらっしゃい」

抱きかかえていた腕を解くと、ともみは名残惜しそうに起き上がりながら眉根を寄せた。

「ほんとに…大丈夫?少し、出勤時間遅らせようか?」

大輝が、もう眠るから大丈夫、と微笑むと、なんかあったらすぐ連絡してね、とともみは何度も振り返りながら出て行った。愛おしいな、と胸を温かくしながら見送ったあと、ベッドに行く気にならず、もう一度ソファーに寝転んで瞼をきつく閉じた。

― 悔しいな。

崇は痛烈な批判をしただけではなく、大輝の脚本の、どこに、どのような厚みが足りないのかを、細かく具体的に指摘していった。その度に大輝は、ぐうの音もでず、いちいち最もだと気づかされることになった。

指示を残した崇がホテルを後にしたのは、午前6時過ぎ。そこから大輝は作業を続けたが、当然午前8時の締め切りには間に合わず、先ほどまでホテルステイを延長して書き続け、ようやく崇のOKをもらった時には、これまで積み上げてきた脚本家としての自信は、粉々にされた気分だった。

それでも、崇の指摘を受け修正した脚本の方が、段違いによくなっている。それは大輝だけでなく、宮本も、そしてキョウコも、認めざるを得なかった。

「目に見える、聞こえる、そんな事象だけが全てじゃないだろ?人には言葉にできない、行動にも表せない感情がある。それを探し出して浮き上がらせて、見てくれる人達の胸に響く形に…映像にしていくための言葉や文章が――脚本なんだよ」

崇の言葉を思い出し、ギュッと目を閉じる。世界的なヒットメーカー、門倉崇への圧倒的な敗北感に、大輝は文字通り、打ちのめされていた。


▶前回:深夜3時、妻の出張先ホテルに突然現れた夫。差し入れ目的だというが、本音は…

▶1話目はこちら:「割り切った関係でいい」そう思っていたが、別れ際に寂しくなる27歳女の憂鬱

▶NEXT:3月3日 火曜更新予定

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この記事へのコメント

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No Name
監督の公私混同で大輝への“仕返し” としてわざとキョウコの前でプライドへし折ってやる作戦かと思ったけど、実際ごもっともな部分ばかり。修正したら段違いに良くなってキョウコや宮本さんも認めざるを得なかった..... もしかしたらキョウコの公私混同で大輝に甘くなる事を予想してわざわざ早く読みに来たのかもしれない?!遅かれ早かれ大輝は敗北感を味わっただろうけど、これを糧にして成長するだけ。監督の狙いは....
2026/02/24 05:3213
No Name
😂大輝のメンタル崩壊させようとしてる? そんな事でキョウコの気持ちは監督には戻らないけど何やってんだ崇。  もうキョウコはどうでもいいからもっとルビーやともみ&大輝、ミチ&メグの件を早く読みたい。
2026/02/24 05:425
No Name
とりあえず離婚に応じなければいいだけなのに、何をこんなに回りくどい事してるんだろう。
2026/02/24 06:084

TOUGH COOKIES

SUMI

港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。

女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが

その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。

心が壊れてしまいそうな夜。
踏み出す勇気が欲しい夜。

そんな夜には、ぜひ
BAR TOUGH COOKIESへ。

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