ルビーは、晴れやかにほほ笑んだ。
「一番知りたかったことは、もう聞けたので。6歳のルビーは見事解放されました」
「…本当に?」
「ともみさんって、やっぱり真面目だなぁ。そんなところが大好きなんですけど」
すっかり調子を取り戻したように、“いつものルビー”が、ともみにギュウッと抱き着いた。そして小さく深呼吸をしてから、明美に向き直った。
「あなたのことは、ずっと恨んできたし憎んできました。でも、そんなに大キライだったはずなのに……いつか帰ってきてくれるんじゃないか、本当は愛してたって言ってくれるんじゃないかっていう希望も捨てられなかった。でも、もうそれも今日でさっぱり、終わりです」
ソファーに座ったままの明美を、ルビーは見下ろしながら続けた。
「今日ここにあなたを連れてこれてよかった。だから最後に、お礼を言ってお別れしようと思います」
今日初めて、ルビーは明美に微笑みを向けた。そして。
「あなたが私を捨てたから、あなたが最低な母親だったから。アタシはこの街で、大好きな人達に出会えました。それだけは感謝しておきます。
あなたから生まれたことが良かったなんて、今も思えない。でも、人を大切にして、自分も大切にされる気持ちとか、愛し愛されるってことがどんなことなのか――あなたが私に教えてくれなかったことを、私はもう知ってる。
アンタに愛されなかったからって、アタシは愛を怖がったりしない。
命をくれたことはありがとう。でも今日ここで、アタシはあなたを捨てました。もう二度と会うことはありません」
◆
「ルビーちゃんって、かっこいい女の子に育ったんですね。ほれぼれするくらいに」
ルビーが去ったTOUGH COOKIESで、明美は寂しそうに、でもどこか誇らしげに、そう呟いた。ルビーは「その人、適当に店から追い出しちゃってください」と言い残して行ったけれど、ともみはすぐに帰らせる気にはならなかった。
― …明美さんの気がすむまで、付き合おう。
そのつもりで、ともみは改めて店のコンセプトを伝え、「話したいことがあれば、何でも聞きますよ」と、明美のグラスにワインをつぎ足そうとしたが、断られた。
「酔っ払いました?」
ガブガブと飲み干したルビーとは対照的に、明美はまだ一杯目で、しかもグラスの半分ほどワインが残っているのに。今はアルコールを控えていると言っていたし…と、ともみは「お酒が得意ではないのですか?」と聞いた。
「元々は大好きなんですけどね。今はちょっと控えてまして」
「体調とか、どこか気になるんですか?」
健康診断の結果で酒量を少なくする…などは店の客からもよく聞く話だと、ともみは何げなく聞いただけだった。しかし明美の表情が固まった。
「…明美さん?」
「…」
「どうか、しました?」
答えに困った様子で黙り込んでしまった明美を待つつもりで、何か温かいお茶でも出しましょうか、とともみはカウンターに向かった。明美の様子を伺いながら、お湯を沸かし、茶葉を選んでいると、ともみさん、と呼ばれた。
「なんでしょう?」
「お言葉に甘えて私も…話させてもらっていいですか?ルビーちゃんには内緒にしてもらいたいんですが」
「誰にも話すつもりはなかったんですけど」と、迷いを滲ませた明美に、ともみが、「TOUGH COOKIESは、女性の秘密を守るために作られた店ですから、ご安心ください」と微笑む。
「秘密保持契約を結ぶ書類も用意していますので」と、ともみは数枚の書類を差し出した。けれど、明美は首を微かに横にふった。
「契約は無駄なんです。どうせすぐに意味のないものになりますから」
「無駄…とは、どういうことでしょう」
茶葉を急須に入れながら、ともみは聞いた。今夜選んだのは、白茶の最高峰と言われる白毫銀針(はくごうぎんしん)。お湯が注がれる音と共に、ふわっと甘い花蜜の香りが広がっていく。
「ルビーちゃんがさっき…もう二度と会わないと言ってましたけど、会いたくても会えなくなる、というか」
「会えなくなるっていうのは…」
「私、病気なんです。だからお酒をお医者さんに止められてて」
「……深刻…なものなんでしょうか」
イヤな予感がした。そしてそれは当たってしまった。
「余命1年くらい、だそうです。その数字は希望的観測っていうか、それより短くなる可能性もあるみたいですけどね」
▶前回:「夫婦仲はよかったのに…」海外出張に行った夫と音信不通に。2週間後、発覚した衝撃の事実とは
▶1話目はこちら:「割り切った関係でいい」そう思っていたが、別れ際に寂しくなる27歳女の憂鬱
▶NEXT:1月13日 火曜更新予定
TOUGH COOKIES
SUMI
港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”。
女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが
その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。
心が壊れてしまいそうな夜。
踏み出す勇気が欲しい夜。
そんな夜には、ぜひ
BAR TOUGH COOKIESへ。






この記事へのコメント
本当にこのライターさん素晴らしい。