確認のために、本番さながらに点灯させているツリーのイルミネーションは、まるで色とりどりの宝石を散りばめたような輝きを放っている。
1ヶ月前まではすっかり、クリスマスは豪くんと一緒に過ごせると思っていた。
どこかレストランに行って食事でもして、プレゼントを交換する、ふたりだけのささやかなクリスマス。
もしも一緒にいられるのなら、この前ひとりで訪れて感動したデザートのお店『relevé dessert』に連れて行ってあげたい。
― あ、でも。あのお店はそもそも、豪くんにフラれたから行くことになったんだっけ。
もう一度ツリーを眺めながら、苦い笑いを口に浮かべる。
『好きなら“まだ好き”って、伝え続けた方がいいよ』
双葉ちゃんに言われた言葉は、私の中にずっと残っている。
美人で、かっこよくて、仕事ができる双葉ちゃんは、どこからどうみても“自立した女性”そのものだ。
失恋の痛みから立ち直れそうにない私の状況に喝を入れてもらうつもりで、あの夜は双葉ちゃんに付き合ってもらうことにしたのに、まさか双葉ちゃんから背中を押されるなんて…。
あんなに美人で素敵な双葉ちゃんでも、辛い恋をした経験があるのだろうか。そう考えると、恋愛とは本当に理不尽なものだと思う。
双葉ちゃんの言葉に励まされて、豪くんにもう一度連絡をしてみるということだけは、密かに心に決めている。
だけど、いざスマホを手にしてみると、最後の一歩が踏み出せないのだ。
「久しぶり、元気?」
その、たった一言が送れない。
もうフラれてしまっている今、どれだけ泣いて縋って嫌われようが、今より悪くなることはない。
そう頭で理解はしているものの、勇気を出すことができずにいた。
ツリーの美しい光の粒たちが、じわりと視界の中で滲みはじめる。
― あ、ダメだ。仕事中なのに。
込み上げてくる涙を、目を見開いて北風で乾かした。
豪くんと別れてからの1ヶ月、私はずっとこの調子だ。少し気を抜いたが最後、全ての事柄が豪くんに結び付けられて、涙に形を変えてしまう。
豪くんと行ったレストラン。
豪くんがよく身につけていたブランド。
なんて重たいのだろうと自覚はしつつも、そういったものが目に入るたびに、どうしても豪くんのことが頭に浮かんでくる。
「あー、ちょっと確認してきますね」
「はい、よろしくお願いします」
担当者が少しその場を外したのをいいことに、私はまだ飾り付けの済んでいない質素なステージの上から夜の新宿を見渡し、素早く涙を蒸発させることに努めた。
22時を過ぎているというのに、新宿の往来はまだ、国籍を問わず多種多様な人々で賑わっている。そして私の視線は放っておくと、そんな人混みの中から自動的に、豪くんに背格好が似た男性を探し出してしまう。
あの人の後ろ姿。
あの人の歩き方。
それに、通りの向こうの、小柄で可愛らしい女性と親しげに歩いているあの男性も、豪くんによく似ている───。
と、そう思った時だった。
しくしくと痛むばかりだった心臓が、バクン、と小さな爆弾のように弾けたような衝撃を覚える。
他人の空似…ではない。向こうを歩くあの男性は、豪くん本人だ。
「あ…」
思わず呼び止めそうになった声を、慌てて両手で口の中に押し込める。一体、何と言って呼び止めればいいというのだろう?
私は仕事中に涙ぐんでいるのに対し、豪くんは微笑んでいた。華奢で可憐な女の子と、仲良く肩を並べながら。
「廣田さーん。すみません、お待たせしました」
遠ざかっていくふたりの姿を見送る後ろで、設備の確認を終えた責任者が戻ってきた声が聞こえた。
もうツリーのイルミネーションの光も感じないほど真っ暗になった視界の中で、最後までつつがなく打ち合わせを終えた自分を、我ながら褒めてあげたいと思う。







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