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夜は夜で、俺と萌香は中目黒を訪れていた。
訪れた店は、初めて萌香に莉乃を紹介した『とりまち』。
そして、同席している相手は───あの日と同じ。やっぱり、莉乃だ。
「ゴルフの後で、萌香もさすがに疲れてると思うし。やっぱり無理せずに、莉乃たちとのディナーはキャンセルしようよ。家でゆっくり過ごそう?」
そう何度も何度も持ちかけたのに、萌香は頑なに譲らなかった。
「大丈夫だって。絶対行くの!私だって莉乃さんに会いたいんだもん。あそこの焼き鳥、私も好物になっちゃったし」
そう言って、ワーゲンを実家に返して荷物を置くなり、こうして中目黒を訪れたのだった。
「カンパーイ!」
今日俺たちが座っているのは、カウンター席じゃなくてテーブル席だ。
結婚が決まって以来萌香は、すっかりヤキモチを焼く気も失せたらしく、俺が莉乃と飲みに行くことを止めなくなった。それどころか、歓迎している節すらある。
だけど、今では遠い昔のことのように思えるけれど、一度はっきりと「莉乃さんに嫉妬する」と言われた過去がある以上、少しでも萌香を悲しませるようなことはしたくない。
あの結婚祝いのランチを最後に、莉乃と2人きりで会うことは無くなった。
莉乃に会う時はかならず萌香も同席か、秀治さんも来られるタイミングで。
というわけで、今夜はテーブル席の莉乃の隣──萌香の向かいに、秀治さんも席を共にしていた。
秀治さんは、編集者というだけあって、ありとあらゆることにアンテナを広く張っている。
お酒の話。本の話。時事問題の話に、俺の仕事の話。そういったインテリな話題はもちろん、萌香の好きなリアリティショーやドラマの話にまでついていけるのは、付き合いの長い俺にとっても発見だった。
秀治さんへの尊敬はますます深まり、そんな秀治さんと対等なパートナーでいられる莉乃の幸福も、改めて嬉しく思う。
「あの番組、正輝くんも見てみなよ。シーズン2からがいいかな?これが意外と面白いからさ」
「ええ〜、秀治いつの間に見てたの?一緒に住んでるのに全然知らなかったんですけど」
「莉乃が寝た後、ひとりで寂しく見てるんだよ」
「ねえ、だから朝あんなに起きるのが遅いの?遅くまで仕事してるんだと思ってたのに、リアリティショーを見てたとは…。長く付き合ってても発見ってあるんだね」
籍こそ入れてないものの、秀治さんと莉乃の痴話ゲンカじみたやりとりは、もはや熟年夫婦の域に入っている。
そんな2人を前に萌香と大笑いしながら俺は、「俺も萌香とこんな夫婦になりたい」と密かに思った。
居心地のいい雰囲気に、ゴルフの疲れが溶け出していく。
サークルメンバーで学生のような時間を過ごすのも楽しいけれど、やっぱり、こうして本当に気がおけないメンバーで集まる時間は格別だ。
「注文してるビール、遅いな」
心地よい酔いと幸福に浸った俺は、秀治さんのハイボールでもなく、萌香のレモンサワーでもなく、ビールの苦味を求めて莉乃のジョッキからビールを少し分けてもらう。
「秀治さん。婚姻届の証人なんですけど…莉乃に頼んでもいいですか?」
「もちろん。正輝くんと莉乃は、男女を超えた親友だもんな」
莉乃に保証人を頼む件も、彼氏である秀治さんから快くOKをもらえた。
秀治さんからの答えを受けて、萌香も俺の横で耳を赤くしながら頭を下げる。
「嬉しいです。秀治さん、莉乃さん。私たちのために、ありがとうございます」
俺と萌香。莉乃と秀治さん。この4人で過ごす時間のこの上ない心地よさは、やっぱり、萌香が莉乃と打ち解けてくれたからなのだろう。
恋人と、親友と、親友の恋人。本当に心ゆるせる大好きな人たちとの、幸せな時間。
込み上げてくる喜びが溢れそうになった俺は、愛情を込めて萌香の背中を撫でながら、莉乃から分けてもらった分のビールを飲み干す。
― これから先も、ずっとこうしていられたらいいな…。
そんなささやかなようで大それた夢も、萌香が叶えてくれようとしている。
感謝してもしきれない。
結婚式が、本当に、本当に、楽しみだ。
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正輝、萌香、莉乃、秀治。性別を超えた友情が繋いだ4人の関係に酔いしれる正輝。そして、ついに迎えた結婚式の日…







この記事へのコメント
読者からすると、莉乃からビールを分けてもらう事に違和感を覚える。