秀治の持論は、私にとってはあまりにも感性的に聞こえた。
「知らないことは、無いことと一緒。
正輝くんと萌香ちゃんだって結婚してるわけでもないんだし、たかが友達が首突っ込むことじゃないんじゃないかな」
呑気にあくびをする秀治にそれ以上の反論をしなかったのは、感性的すぎると思いつつも、ほんの少しではあるものの納得させられた部分があったからだ。
知らないままでいられたらよかったのに。
それは、秀治から「男女の友情は、パートナーの犠牲の上に成り立っている」という一言を聞かされた瞬間、私の脳裏をわずかに掠めた言葉じゃなかっただろうか。
正輝との友情が、9年もの間ずっと秀治に我慢をさせていたのかもしれないと知った時──恥ずかしさ申し訳なさと同時に感じた、ひとかけらの気持ち。
何も気づかず鈍感なままでいられたら、今も正輝と肩を並べて冗談を言い合えていたんだろうか?
秀治を前にして少しでもそんな風に思ってしまった自分は…最低だ。
スタジオを後にして、横浜駅のホームへと向かう。
新しいスタジオを見ても、がむしゃらに体を動かしても、心地よい秋の風に頬を撫でられても、心のモヤモヤが晴れないことに自分でも驚いていた。
これまで私という人間は、長い期間ウジウジと悩み続けることなんてなかったから。
悩むより、まず行動。
それでも解決しない時は、美味しいものを食べにいって憂さ晴らし。
でもよく考えてみれば、いつもそれに付き合ってくれていたのは正輝だったから。
正輝と連絡を取らなくなって、11月で2ヶ月が過ぎた。こんなに連絡を取らなかったことは、幼少期から遡っても初めてのことだと思う。
正輝の幸せのために連絡を断ったというのに、正輝の幸せのことで悩んで、正輝に相談したくなっているなんて、バカみたいだ。
― 責任って、なんだろう。
秀治は、「たかが友達」と言っていた。
そこそこ仲のいい女友達に、今の状況を当てはめて考えてみる。
きっと伝えるであろう子もいれば、私の出る幕じゃないと思う子もいた。
そして、萌香ちゃんのためにも連絡を取り合わないと決めた正輝の場合も、普通に考えればきっと後者の、“私の出る幕じゃないパターン”なのだろう。
― うん、そうだよね。とにかく、連絡をとらないって決めたんだし。そっちを守るべきだよ。
朝の京浜東北線の上りのホームは、ギュウギュウに混雑している。
横浜駅全体が多くの人で溢れかえっていて、これだけの人々がそれぞれ一体どこへ向かうのか、全く検討もつかなかった。
― そうだよ。この先ふたりがどうなるかも分からないんだから。
結婚していないカップルはまだ、自由に恋愛をする権利を持っているはずだ。
あの夜の萌香ちゃんがどんな状況であろうと、別に法に触れるわけでもない。正輝が傷ついたってそれは、何の損失も被らないただの恋の痛みだ。
そう考えると秀治の言う通り、いくら親友であろうと私が首を突っ込む話じゃないのかもしれない。
大勢の人々にもみくちゃにされていると全ての事柄が矮小に感じられて、私はついに結論を出そうとしていた。「このまま見て見ぬふりをする」という結論を。
それなのに…。
<間もなく、東京方面大宮行き電車到着です───>
ホームアナウンスと雑踏の音に紛れて、バッグの中からバイブレーションの振動が聞こえた。
「秀治かな」
少し冴えてきた頭で朝食のメニューを考えていた私は、だけど、スマホの画面を見るなりギョッとしてしまうのだった。
届いたLINEのメッセージ。
その送り主は────他でもない、正輝だったから。
「え、なんで?」
今しがた正輝のことを考えていた私は、驚きを隠せないままメッセージを開ける。
けれどそこには、さらなる驚きが待ち構えていた。
『正輝:ひさしぶり!突然だけど、萌香と結婚することになったよ。
連絡取らないって約束したけど、莉乃には一番に報告したかったんだ───』
▶前回:半日返信しないと鬼LINE。面倒な女と思いつつ、それでも30歳男が結婚を決めたワケ
▶1話目はこちら:「彼氏がいるけど、親友の男友達と飲みに行く」30歳女のこの行動はOK?
▶Next:9月29日 月曜更新予定
萌香の浮気は黙っておこうと、決めた途端の結婚報告。当事者の萌香の心境は…
この記事へのコメント
ウジウジ悩んだ時、憂さ晴らしに付き合ってくれたのはいつも正輝だった。本来それは秀治さんであるべきだし、正輝以外の友人とも仲良くしていれば良かったのに。 あれだけ親友言いながら正輝の事好きだったと気付き始めてるようにも読み取れた。