「アタシはアンタにだけは甘い。それをわかってるからこそ、アンタは今まで一度も…アタシに頼み事をしてこなかったんだろ?」
無表情のまま、もう一度頭を下げたミチに、それがまさか女のためとはね、と光江は愉快そうに続けた。
「しかも別れた…というより、アンタを捨てた女じゃないか。あの子の事情はあの子の事情なんだから、ほっとくべきじゃないかと思うけどね」
付き合うことになったとメグを紹介したときから、光江はメグに好感を持っているように見えていたのに、その言葉に棘が含まれた気がして、ミチは意外に思いながら答えた。
「…眠れないというのをほっとけませんよ」
まぁ、それがミチだよねぇ、と光江は、またもため息をついてから続けた。
「まあ調べてみるけどさ。人が眠れなくなるってことは、よっぽどのことが起こったってことだ。しかもメグのいた状況を考えると…日本でぬくぬくと生きてるアタシたちには想像もできない傷を負ったんだろうよ。
で、その傷の原因を知ったとして、アンタはあの子に何がしてやれる?」
― オレが、してやれる、こと…。
「ああでも、もしかしたら、ミチにとってはチャンスなのかい?」
「チャンス?」
「アンタが今も未練がましく忘れられない女を取り戻すチャンス、ってことだよ。恐怖で怯えるあの子をうまいこと慰めて、翼をもぎ取ってしまえば、メグは二度と飛び立てなくなる。
そうすれば、今度こそ…ずーっと一緒に、大切に大切に保護してやりながら、一緒に生きていくっていう道も選べるだろうし」
「…やめてください」
メグの翼はミチにとって、尊くて眩しいものだ。失ってほしくなどない。それは昔も今も、変わらない願いだ。
憮然としたミチを、光江がからかうように笑った。
「ミチにとって、あの子が特別なのはわかる。でも、アタシは時々歯がゆくなるんだよ。アンタがあの子を想うように、あの子もアンタを想ってくれてるんだろうか、ってね。
ミチ、アンタはいつも人のことばかり優先するけど、それじゃいつまでも過去に囚われたまま…というより、過去にできていないから囚われてるんだろうね。
出会いも別れも再会も、実は仕組まれたタイミングだっていうけど、まさに今回のことは——アンタが自分の本心を確かめる、いい機会になるかもしれないよ」
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この記事へのコメント
その通りだと思う、多分その子亡くなったんだよね? だから迂闊なコメントは書けないけれど、暫く仕事から離れて休む事も必要なのかも。ミチと結婚して子供も出来て忙しくするのも、心のリハビリになるかもしれない。
本当にこの連載は続きが気になりますね。