「桃ちゃんさっき言ってたよね、デザインが描けるのとそれを服にできる才能はまた違う、みたいなこと言われたって」
それは桃子がデザインを盗まれたと訴えた時に、会社の上層部に言われた言葉だ。
「はい…それは確かにその通りなのかも…って」
自虐的な笑みを浮かべた桃子に、そこで納得しちゃダメだよ、とルビーの語気が強くなった。
「だったら証明してやろうよ。恥ずかしげもなく調子に乗ってるクズ男にさ」
そして携帯を検索すると、再びあの画面を桃子に見せた。
誇らしげにほほ笑む永井の写真に、『Vérité/N 新境地開拓で人気再燃 テーマは“風に抗わない線”』というタイトルが付けられたネット記事。
桃子の唇が耐えるようにきゅっと結ばれる。
「桃ちゃん負けちゃダメ。確かに有名デザイナーなのかもしれないけど、桃ちゃんのデザインを自分のものとして発表した時点で、コイツは所詮、偽物なんだよ?人の物を盗んだクズ男なの。この記事で褒められてるのは、本当は桃ちゃんなんだから」
― それは少し違う気がする。
口にはしなかったが、ともみはルビーの意見に完全な同意はできなかった。ともみだって永井のことは最低だと思うし軽蔑もする。だがさっきの、「服をデザインする能力と形にする能力は違う」ということにも一理ある気がするのだ。
桃子のコンセプトがいかに素晴らしかったとしても、実際に永井のように評価される服を作れたかどうかはわからない、とも思ってしまう。そんなともみの思いを見透かしたようにルビーが言った。
「だからこそ、証明しようよ。桃ちゃんが作った服をAYANOに着てもらうことで、桃ちゃんはデザインだけじゃなくて服も作れるんだってことを」
「そんなことできるでしょうか…?AYANOさんはどんなハイブランドの服だって、自分が本気で気に入ったものしか着ないって聞いたことがあります」
ともみも何かのインタビュー記事で読んだことがあった。AYANOは自分の心が動いたかで着用を決める、と。
たとえどんなに破格の条件を提示されても、どんなにステイタスのある世界的な仕事でも、商品に納得できなければ絶対に受けないというポリシーがあるらしい。
そしてその、AYANOの審美眼には、各界の一流と呼ばれるプロたちも一目置いている。だからこそ、AYANOが選んで身に着け、AYANOのお気に入りとなったものたちは、ただのトレンドとしてだけではなく、“本物の実力がある”と認められていくのだ。
「確かにAYANOは厳しいよ。アタシがお願いするんだから話は聞いてくれるだろうし、服も見てくれるとは思うけど、仲間だからってジャッジを甘くすることは絶対にない。むしろ仲間だからこそ、厳しくなると思う」
だからこそアタシはアイツのことを信用できるんだけどねぇ、とルビーは続けた。
「だから、AYANOが桃ちゃんの服を着てくれるかどうかは、単純にアイツが桃ちゃんの服を気にいるかどうかってだけ。アタシが紹介しようと、着たくない、ってあっさり断られる可能性もめちゃくちゃある」
なんならそっちの可能性の方が高いとも思うんだよねぇと苦笑いになったルビーに、それは今正直に言わなくてもいいことでしょ、とともみが突っ込んだ。
「でも、もし本気で気に入ったとしたら、ただ着るだけじゃなくて、SNSに上げたりもしてくれると思うんだよね。アイツ、一度惚れたらとことんっていうか、世に出てない才能を応援するの、大好きだし」
つか、あとシンプルにさ、とルビーが、桃子の肩をがっつりと力強く抱き抱えた。
「男にクラらわせるってことよりも…桃ちゃん、服、作るの好きなんでしょ?」
「…はい、…大、好きです」
「なのに、このまま何もしなかったら、桃ちゃんにとって服を作ることがイヤな記憶で染められちゃいそうじゃん。騙されて泥棒されて傷ついたことで、大好きな服作りがトラウマになったら…悲しすぎるじゃん。そんなのアタシもイヤだよ」
「…ルビーさん…」
桃子の目に再び涙が浮かび、ともみはルビーの優しい共感力にいつもながら感心する。つい数時間前に出会ったばかりの相手に、本気で寄り添うことのできる人は、そうそういるものではない。
「だからAYANOが着たくなるくらいイケてる服を作って、イヤな記憶を良い記憶に塗り替えちゃお?着てもらえるかどうかはマジでギャンブルなんだけど、超カリスマなモデルに似合う服を考えるって、それだけでもワクワクして楽しくない?」
ルビーがウィンクすると、桃子の頬に涙が流れた。そして感極まったようにありがとうございます、と繰り返し、私、AYANOさんへの服を作ってみたいです、と宣言した。
よっしゃ!と大げさにガッツポーズをしたルビーが、じゃ早速AYANOに連絡しとくね、と携帯を操作した。するとすぐに返信がきて、服ができたら見てくれるという約束まで一気に進んでいった。
イエーイと手を上げてハイタッチを求めたルビーに、遠慮がちに応えた桃子の顔は、泣き笑いでぐしゃぐしゃだ。
「私、今日、ここに来れたこと、本当に良かったです。ともみさんとルビーさんに話を聞いてもらえただけでも十分なのに、信じられないチャンスまでもらって。こんなにラッキーでいいのかな、って不安になるくらいで…」
なに言ってんの~と桃子の肩を揺すったルビーが豪快に笑う。
「桃ちゃんがこの店を知ったのは偶然だったかもしれないけど、来ないっていう選択肢もあったわけでしょ?でも桃ちゃんはここに来ることを選んだ。
つまり、今日のチャンスもラッキーも、桃ちゃんが自分を動かして掴んだってこと。だから桃ちゃんの力でゲットしたって思っていいんじゃない?
それに、TOUGH COOKIESが、マジでパワースポットなんだよねぇ♡」
なんせアタシとともみさんが最強だから。ね、ともみさん、と同調を求めてきたルビーに、ともみは苦笑いを返しながら、感心する。
― ルビー、あなたって恐ろしい女ね(笑)。
TOUGH COOKIES
港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”
女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが
その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。
心が壊れてしまいそうな夜。
踏み出す勇気が欲しい夜。
そんな夜には、ぜひ
BAR TOUGH COOKIESへ。
この記事へのコメント
ともみの過去も徐々の明かされるんだね、楽しみ。
桃ちゃんはAYANOに着てもらいたい服に集中していればその内泥棒男の事なんてすっかり忘れるんじゃな!? とりあえず、続きを早く読みたい。ルビーと光江さんの関係も気になってる。