「…真実。Véritéはフランス語で真実とか真価とかいう意味です。フェイクに溢れる世の中とか…トレンドに揺らぎ続けるファッション業界の中で、真実を探し続ける。真の価値を提供するブランドでありたい、的なコンセプトみたいで」
― それは、また。
人を騙し、デザインを盗み、二股するような男のブランドが『真実』とは皮肉なものだ。ともみがそう思った時、ルビーが、うさんくさ、とつぶやいた。
「真実を探し続けるとか言ってる時点で、僕、真実が何かわかってないんですってことを自分で発表しちゃってんじゃん。つか、そういう一見意味ありげだけど、実は何言ってるかわかんないコンセプトかます奴って大体詐欺師説」
ぼそぼそとではあるが、一気にまくしたてたルビーに桃子が目をまん丸にして驚き、ともみが、すみません、と説明する。
「ルビーは…なんというか、共感性が人よりだいぶ高いというか、桃子さんに感情移入しちゃってるんだと思います。ご気分を害されていたら申し訳ないです」
桃子が首を横にふる。
「いえ、実は何言ってるかわからないって、その通りだな、と。確かにうさんくさいですね。ふふっ」
桃子はルビーの表現がツボに入った様子で笑い始め、グラス拭きに戻ったルビーの顔にもうっすらと笑顔が浮かんでいる。まだいつもより勢いはないけど、うん、ルビーはそうじゃなきゃ。そう思いながらともみは桃子の笑いが落ち着くのを待った。
「最初はただの憧れでした。学生の頃からずっと憧れていた永井さんのアシスタントになれて。彼の仕事を近くで見れるだけでも夢見心地でしたし、パリやロンドン、ミラノコレクションの度に同行させてもらいました。そうやってずっと一緒にいるうちに…」
「…好きになっちゃったのかぁ。ま、いい男と言えばいい男っぽいしねぇ」
切り込んだルビーに、デザイナーを知ってるのかとともみが聞くと、検索したらしい携帯画面をずいっと見せられた。
「ともみさんには物足りないだろうけど、まあイケメンだよね」
と、ルビーにいたずらっぽく笑われ、大輝と比べたら物足りないでしょ?とからかわれたのだとわかったが無言でスルーして携帯を受け取った。
―さっきまでの大人しさはなんだったんだろ。
なぜか突然調子を取り戻してきたらしいルビーの様子を不思議に思いながら、ともみは男性の顔を拡大する。
切れ長の瞳にすっきりとした鼻筋。肩につきそうな黒髪。全身写真もあったが手足も長くスタイルもいい。ただ美しいかと思うかと言われたら、否。
ファッションや雰囲気でイケメンに見せられるタイプだと、ともみは画面の中の男性に厳しい評価を下しながら、その名前にも目を止めた。
― 永井達也(ながいたつや)
さっきから桃子は男性を名字で呼び続けている。憧れの人として出会い、師匠になった敬意から、恋愛関係になっても呼び方を変えられなかったとしたら…ともみは桃子の性格の真面目さ、奥ゆかしさを想像しながら聞いた。
「さっき彼には本命の彼女が別にいて、知らぬ間に二股をかけられていたと仰っていましたけど、桃子さんが彼と恋人になった…と思ったきっかけはあったんですか?」
ともみは別に二股が悪いとは思わない。ただしそれは…二股をかけていることを相手に隠さず関係を始めること、そして、罰を受ける覚悟を持つという“責任”を、きちんと背負うことが大前提だ。
「私は…さっきも言った通り、もうずっと憧れの人だったので。一緒に働き始めてすぐ、面倒見も良くて優しいことも知って。気が付いた時には永井さんに恋をしていたと思います。
でも、私なんかが彼女になれるなんて思ってもいないどころか恐れ多くて。永井さんがモテることは知っていましたし、ウワサになる人たちはモデルさんとか女優さんとか、華やかな人ばっかりで。
私なんかが気持ちを伝える勇気なんて持てなかった。距離を縮めてくれたのは…永井さんでした。確か入社して半年がたった頃から週に2~3回、その日の仕事が終わると、私のデザインを永井さんが添削してくれるという時間が持てるようになったんです。
気持ちを伝えてもらったのは、永井さんに初めて褒めてもらえた日だったから。夢みたいだったあの日のことは…忘れたくても忘れられません」
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