「出会った時のともみちゃんって、自分の外見や賢さを器用に利用してたよね。周りに合わせてはしゃいで見せる感じも自然だったし」
「軽めの女子を演じる方が楽だったから」
21歳で芸能界を辞めた後、ともみには未来を見失っていた時期があった。自暴自棄になっていたわけではないが、全てをかけてきた夢が破れた後、自分がどこへ向かうべきなのか、目的地が分からなくなったのだ。
収入を得るために夜の店で働くことを決意したものの、ファンの人が店に押しかけてくるようになったことで、1年も経たずに辞めることになった。
アイドルだったともみへの世間の記憶が薄まるまでは、表に出て働くことにリスクがあるのだと知りともみは店をやめた。
その後は貯金を切り崩しながら過ごしていたのだが、しばらくして信用する元芸能界の先輩から、身元が確かで裕福な男性しか参加できない、いわば会員制の飲み会の女性要員に誘われたのだ。
総じて客の質は良く、男性側から体の関係を強要することもNGだと徹底されていたとはいえ、いわばギャラ飲みだ。ともみには元芸能人としてのプライドなどなかったけれど、そういう会はいくら生活のためであっても、本来の自分では楽しめない。
だから“軽くてノリがよいけど、実は賢いともみちゃん”というキャラクターを作り上げ、会にはそのキャラクターで参加していた。
そしてある日の飲み会に、ひょんなことから光江と大輝が乱入してきたことで、2人と出会うことになった。だから大輝のともみに対する最初の印象は「ノリ良くはしゃぐ女子」だったのだろう。
― あれからもう3年も経つなんて。
「オレにもめちゃくちゃハイテンションでさ。毎回デートに誘われるけど、それも超軽いノリで。正直ちょっとウザかった」
「軽いノリの方が遊んでもらえるのかなっていう作戦だったんだけど?」
ウザいはひどいでしょ、と笑えたことにともみは少しホッとした。大輝も笑って続ける。
「なんで光江さんこの子を雇うことにしたんだろうって最初は思ってた。でも、働いているともみちゃんをみてるうちに、あれ?って思うようになった。接客も丁寧だし言葉遣いも綺麗で、機転がきく。
何よりあのミチさんが、ふところに入れて信用した感があって。あの人、本性探知機って言われてるの知ってるよね?ずるい人とか絶対許さないし、どんなに外面が良い人でもヤバい本性が見抜かれちゃうっていう」
Sneetの店長のミチが“本性探知機”と呼ばれていることをともみに教えてくれたのは、常連客の愛だ。だからある意味光江さんより怖いんだからと、愛は華やかに笑ったのだ。
「ともみのストイックさは長所だけど、同じことを他人には求めるなよ。あとその気持ち悪い演技、ずっと続けるつもり?」
Sneetで働き始めてすぐの頃、ミチに愛想のない低い声でそう言われて驚いた。怒られているのかと思ったけれど、どうやらそうではなかったらしく、以来ともみは、少しずつSneetで素が出せるようになったのだ。
「ともみちゃんが実はしっかりした人なんだとオレが理解してからは、結構話すようになったよね」
「でも、ほとんどが私からだったでしょ。誘っても誘ってもこんなに興味持ってもらえないことあるんだって、ほんとびっくりしたし」
「断っても断っても、めげずに誘い続けてくる子って珍しくないし」
「うわ、イヤな感じ。私もそこそこモテてきたつもりだけど、大輝さんは別次元だよね」
そうかなぁ~と邪気のない疑問顔になった大輝にともみは苦笑いする。モテすぎる人生だと断ることが最早無意識の作業になるのかもしれない。
でも、その断られ続けている間にともみは知ることになった。大輝は誰とでも気軽に遊ぶ人ではないこと。そして思い続けている誰かがいることを。
TOUGH COOKIES
港区・西麻布で密かにウワサになっているBARがある。
その名も“TOUGH COOKIES(タフクッキーズ)”
女性客しか入れず、看板もない、アクセス方法も明かされていないナゾ多き店だが
その店にたどり着くことができた女性は、“人生を変えることができる”のだという。
心が壊れてしまいそうな夜。
踏み出す勇気が欲しい夜。
そんな夜には、ぜひ
BAR TOUGH COOKIESへ。
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