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貴方の香りに恋して Vol.10

結婚して5年で別居。些細なことが積み重なり、冷え切った夫婦の選択とは

「あれ?あのドレス、前の家だっけ…」

土曜日の昼過ぎ。明日行われる友人の結婚式に着ていこうと思っていた、Rebecca Vallanceのお気に入りのドレスがないことに気がついた。

新しく買い直そうかと考えたが、他にも前の家から取りたいものもあったので、旭にLINEを入れる。

Ena:『今日、そっちの家に私物を取りに行ってもいいですか?』

5分ほどして返事が来た。

Asahi:『出張で明日までいないので好きにどうぞ。鍵はそのままなので』

1ヶ月ぶりの連絡だというのにそっけない。

冷え切った夫婦なんてこんなもの、と恵奈は自分に言い聞かせ、旭の家へ向かった。


「あったー」

恵奈が使っていたクローゼットはそのまま。

女の影でもあるのではないかと少し勘ぐったが、そんな様子はない。ただ、家の中は若干散らかっている。

荷物を整理していると、小さな箱が出てきた。

「懐かしい…」

中には、初めて旭とデートした時の写真と、結婚式の写真、その時につけていたSanta Maria Novella「カプリフォーリオ」のオーデコロンが入っていた。

初めに買ったのはイタリア出張の帰りの空港。爽やかなレモンやジャスミンの香りから、徐々に現れる女性らしいエレガントな香りに惹かれ購入した。その後結婚式の前にも買い替え、これは去年友人に、イタリア土産としてもらったもの。

恵奈は思わず手に取り、シュッと一吹きする。

香りを嗅いだ瞬間、当時の気持ちが鮮明に蘇ってきた。

恵奈が覚えている限り、この香水をつけたのは3回。

1回目は大事なプレゼンの日で、旭に初めて声をかけてもらった日でもある。

旭は新卒で入った会社の先輩で、背が高くて見た目がタイプ、その上仕事もできて密かに憧れていた。

でも長年付き合っている彼女がいると聞き、叶わぬ恋だと諦めていた。

だが、自分が初めてリードするプロジェクトのプレゼンがあり、旭の方から声をかけてアドバイスをくれたのをきっかけに、徐々に仲良くなった。

当時すでに彼女とは別れていたことを知り、一気に距離が縮まったのだ。

2回目は初デートの日。恵奈は、大人になっても心が躍るような恋ができたことが嬉しかった。


3回目が結婚式の日。大好きな人との結婚に、この日を生涯忘れたくないと香水をつけた。

恵奈にとって、人生で一番幸福に包まれた日。

それらの感情が一気に押し寄せ、気がつくと、涙が頬をつたっていた。

「旭のことが大好きだったのに。どうしてこんなことになっちゃったんだろう…」

しばらくぼーっと1人、恵奈はこれまでのことを思い巡らせた。

空が薄暗くなった頃、荷物をまとめ玄関へと向かう。その際、何気なくキッチンを見た。

リビングには物が散乱しているのに、キッチンだけキレイなまま、調味料も減っておらず、使っている様子がない。

冷蔵庫を開けてみると、水と炭酸水、あとはビールが2本だけ。

「飲み物ばかりじゃない…」

恵奈は急に胸が痛んだ。

この記事へのコメント

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No Name
久々に泣けるいいお話だった!
2025/04/23 05:1616
No Name
この連載とても好きなので嬉しくて夢中で読みました😆 相変わらずのステキなストーリー! この連載是非もっと頻繁に更新して欲しいです。
2025/04/23 05:4911
No Name
離婚届かと思ったけど、でも今の時代に手書きの手紙って逆に新鮮でいいね。
2025/04/23 05:3510
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貴方の香りに恋して

ふとすれ違った人の香りが元彼と同じ香水で、かつての記憶が蘇る…。

貴方は、そんな経験をしたことがあるだろうか?

特定の匂いがある記憶を呼び起こすこと、それをプルースト効果という。

きっと、時には甘く、時にはほろ苦い思い出…。

これは、忘れられない香りの記憶にまつわる、大人の男女のストーリー。

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