三郎は、十数秒でペンを置く。
ミチが、三郎のメッセージカードを覗き込んだ。
『小学生時代から寿人と出会えた俺は、ほんとにラッキーだ。これからも一生大切にする』
「なんかプロポーズみたい」とミチが笑う。
― …あんな優しいヤツ、めったにいないんだ。
三郎が寿人と仲良くなったのは、小学3年生の秋のことだ。
当時から体が大きくやんちゃだった三郎は、同じくやんちゃな上級生によく目をつけられていた。
そんなある日の帰り道、三郎は突然、一人の上級生から大きな石を投げられた。
「消えろ!」という、きつい言葉とともに。
「痛え…」
石が当たった手首のあたりをさすってかがんだとき、小柄な男子が駆け寄ってきてくれた。
「ねえ、大丈夫?」
「ありがと。あ、上条くん…だよね?2組の」
無言でうなずいた寿人は、走り去っていく上級生の後ろ姿を見ながら言った。
「痛かったでしょ。ひどいことする人だね」
「ムカつくよな」
「…たぶんあの人、なんかつらいことがあるんだろうな」
当時の三郎は、いじめっ子の「つらさ」なんて考えたこともなかったから驚いた。
この子は自分にはない優しさを持っている、と思った。
― 寿人は、覚えているだろうか。
三郎はこれまでの日々を思い返す。
以降寿人によく声をかけるようになり、ほとんどの放課後を一緒に過ごすようになった。別々の中高一貫校に進んだが、今まで、会わない月はないほどの頻度で会っている。
「なあミチ。…俺の優しい部分はな、全部あいつから盗んだようなもんなんだ。見様見真似で」
「じゃあさ、三郎」
「ん?」
「この子にも、寿人くんからもらったその優しさを、たくさん教えてあげてね」
左手でお腹に手を当てながら、ミチはペンを動かす。
完成したミチのメッセージカードを見ると、『優しい三郎をつくってくれて、ありがとう』と書かれていた。
― 泣かせるなよ。
「あ、三郎。あれ華ちゃんじゃない?」
ミチが手を伸ばした先に、赤い振袖姿の女性がいる。イメージより随分大人っぽくなっているが間違いない、華だ。
「おーい、華!」
三郎が大きな声で手を振ると、華は振り返った。
「あ!サブちゃんだ!ミチさんも!」
華は、振袖なのにバタバタと走ってくる。
「お久しぶりです、今日はありがとうございます」
「大きくなったな」
「もう社会人2年目ですもん」
その笑顔に、なんだか込み上げるものがあった。
あんなに小さかった華は綺麗な女性になり、その肩越しに見えるフォトパネルでは、タキシード姿の寿人が微笑んでいる。
なんだか鼻の奥がツーンとしてきて、三郎は焦った。
― や、やべ。
友人や同僚の結婚式には、もう30回くらい出ている。でも、式が始まる前に泣きそうになるのは初めてだ。
三郎は、感情の高ぶりをごまかすように堂々と背筋を伸ばし、華に言った。
「華、ご両親はどこにいる?挨拶させてもらおうかな」
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この記事へのコメント
番外編にもなってないような....
これなら全く別の一話完結で他のライターさんが書いた話を読みたかった。
『華なんて、今さら』 サブ🥶