「実は彼と…」32歳女が、抱える秘密。高校時代からの親友に言えずにいる“あの夜”のこと

明るい。木目を基調にした店内の灯りは暖色系で所々に置かれたキャンドルの温かい光にホッとする。漂うジャズらしき音楽が心地よいリズムを刻み、酒の陳列棚が目に入らなければBARというよりカフェという雰囲気だ。

座席はカウンター8席に、4～5人は座れそうな…ファブリックが上品なボルドー色のソファー席が2つ。小春以外に客はおらず、もう一人…外国人だろうか。褐色の肌の女性店員にもいらっしゃいませと声を掛けられる。

「本日はご来店ありがとうございます。店長の佐藤です」

そう名乗った…最初に迎え入れてくれた女性が、カウンター越しに小春にメニューを手渡した。その中に“ジントニック　1,500円”という表記を見つけると、べらぼうに高額を要求される店ではないということにホッとしつつ、小春はそれを頼むことにした。

「ジントニック、お好きですか？」

「…そんなにお酒は強くないので今まで好きだと思ったことはなかったんですけど、先日こちらの系列店で頂いた一杯が美味しかったので。確か…Sneet（スニート）というお店でしたよね」

「はい。Sneetとこの店のオーナーは同じですから、確かに系列店ともいえますね」

そう答えて、少々お待ちくださいと氷を削り始めた店長を見つめ続けていることが気まずくて、視線を外した小春がふと見上げると、高い天井には大きな天窓があり、真ん丸からほんの少しだけ欠けた月が光っていた。

― あの日も月がキレイだった、な。

あの日とは、結衣に連れられて行ったSneetで、この店のショップカードをもらった日のことだ。

結衣と小春の出会いは高校のテニス部で、結衣が1つ上の先輩だった。大学も同じで社会人になってからも、少なくとも週に1度は会う、というくらいの付き合いがお互いに33歳と32歳になった今も続いている。

付き合いは15年以上となり、小春との関係を聞かれた時に結衣が、「私の親友」だと紹介するようになったのがいつ頃からなのかもう思い出せない程前なのだが…。

結衣に「親友」と紹介される度に小春が後ろめたく、その場から逃げ出したくなるようになったのは…。

「お待たせしました。ジントニックです」

いまや後悔しかない3年前の冬の日。あの日の過ちに意識を飛ばしそうになっていた小春を、店長の声が呼び戻した。

ワイングラスのような形のグラスを手に取り、一口含むと、炭酸の刺激が舌をくすぐり、爽やかな香りが鼻腔を抜けた（小春にはそれがジンの香りであることはわからなかったけれど）。

ライムの酸味、喉越しの冷たさが心地よく、小春は素直に美味しいと感じて言葉にすると、うれしそうに笑った店長のその笑顔が、なぜか結衣の笑顔に重なって。

「…っつ」

涙が浮かんだことを見られまいとうつむいた小春に、そっとテーブルナプキンが差し出されるともうだめだった。小春の涙腺は崩壊し、声を殺したまま涙が止まらなくなってしまった。

「よかったら…話してもらえませんか？」

小春の涙が落ち着くのを待って、店長はそう言った。静かな穏やかな声で。

「…話してもいいんでしょうか？」
「宜しければ是非」

小春の脳裏に、もう一度…あのメッセージが浮かんだ。

【心が壊れそうな夜。踏み出す勇気が欲しい夜。そんな夜には当店へ。あなたの決断をお手伝いします】

― 結衣先輩、本当に、本当に、ごめんなさい。

そして小春は唇を震わせながら話し始めた。今まで誰にも話せなかった自分の罪を。親友と呼んでくれる大好きな人を裏切った日のことを。

その裏切りが…親友の夫となる人と過ごした一夜のことであり…今もなお、その日のことを、その想いを断ち切れずにいるということを。



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