報われない男 Vol.6

「彼女と私、どっちも好きなの?」不倫を否定しない映画監督の夫。脚本家の妻は…

京子の返事を待たずいそいそと腰を浮かせた崇を、私がやるから座っててと京子が制した。行き場を失った勢いをごまかしながら、崇はもじもじと座りなおし、キッチンに向かう京子の後ろ姿を見送った。

京子は料理が得意ではない。全くできないというわけではないが、食事は料理好きな崇が作ることの方が断然多かった。


お湯の沸く音がしたかと思うと、京子が戻ってきた。ダイニングのテーブルに置かれたのは、カップラーメンが2つ、だった。

締め切りに追われれば徹夜作業も少なくない京子と崇が、常にストックしているインスタントの麺類。出会った頃…2人でテレビ局のスタッフルームに泊まりこんでいた頃の楽しさと初心を思い出せるアイテムでもあった。

崇が用意する時は、練りゴマやラー油を足して担々麺風にしたり、パクチーやレモン汁でアジアンテイストにしたりとアレンジを加えることが多く、高価なデリバリーを頼める経済力がついた今でも、2人で今日はカップ麺の日!と決めて好んで食べる日もあった。

最後に食べたのはいつだったか…と思い出そうとした自分を崇は止め、6人掛けのダイニングテーブルで待つ京子の方へ向かい、迷った挙句、その正面に座った。

空腹を訴えたはずの崇の箸がなかなか進まないのをよそに、京子は淡々と麺をすすっていく。

「カドくんが作った料理は本当においしいよね」

京子は麺に目を落としたまま言った。

「カップラーメンだってアレンジしてくれて。いつも美味しくて楽しかった。でも…」
「…キョウちゃん?」
「カドくんの料理じゃなくても…カドくんに作ってもらわなくても、食べるものには困らないし、生きていけるんだよね」

そこで言葉を止め、黙り込んだ京子が何を伝えようとしているのかを想像できないまま、崇は箸をおき、京子の顔を見つめた。その視線に気が付いた京子が顔を上げ、微笑んだ。

「…ほんとはね。今日さっきの話を聞くまでは、戻ってきてっていうつもりだった。カドくんがいなくなって、ずっとカドくんに会いたいと思ってたし。許すというとおこがましいかもしれないけど…私のことが1番大切、っていうカドくんの言葉を信じるつもりで。でも…」

崇の心拍数が上がる。この先を聞いてはいけない。聞きたくない。そんな思いとは裏腹に、京子の言葉は止まってはくれなかった。

「カドくんが私たちの現場に彼女を招き入れた。そして彼女の作品を、私の作品と同じように認めている。美里さんに会った時も同じことは聞いてたの。でもカドくんの口から出ると…。

彼女の若さとか体とか……そういう私にはないものに溺れてるって言われたなら、きっと大丈夫だった。でもカドくんが、彼女の才能に惚れたのなら…それは本当に…私にとってはダメだなぁって」
「……ごめ…ん。さっきの話はそんなつもりで言ったんじゃないんだ。キョウちゃんの作品と彼女の作品は全然違う。キョウちゃんの才能と彼女の才能は全く別の…」
「でも……どっちも好きだって言うんでしょう。私にも…彼女にも」

この記事へのコメント

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No Name
門倉も不倫のいきさつを細かく喋るからこうなるんじゃんねぇ。でも最後はお互いやり直す方を選ぶんだろうなと思う。
2024/03/23 05:3129返信2件
No Name
オレがなんか作るよ
からの、カップラーメンアレンジって笑えた。
2024/03/23 05:3224
私の住む街が!
当カレを読み始めてかれこれ7年以上。青森に住んでるくせに東京カレンダーなんて、と思いながら毎朝本当に楽しみで。。それが、私の住む街が登場するなんて、夢にも思わなかった!この素敵な二人に弘前の美しい街の描写を綴ってほしい。桜の季節の弘前は本当に美しい。ライターさんお願いします!!
2024/03/23 12:4718
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