2024.03.09
報われない男 Vol.5「オレはキョウちゃんのことが一番大切。失いたくない。それは信じてくれる?」
京子がうなずくと、崇は少しホッとしたようにその顔を緩め、続けた。
「彼女が2年前にオレのワークショップに参加したことが出会い。それは…もう聞いた?」
「…うん」
「最初に会った時、自分で脚本を書いて監督したショートフイルムを見せてくれた。驚いたよ。才能があると思った。毎回誰より真面目に課題に取り組むし、熱心に質問にくるし…そのうちに彼女の才能を伸ばしてやりたいという気持ちが強くなっていった」
ワークショップが終わっても連絡を取り合い、美里が崇に相談をする日々が続いた。最初は彼女の仲間を含めた数人で会っていたのに、それがいつしか2人きりになった。
でもその頃の話題は映像のことばかりで、崇にとって美里は、才能のある若者、それ以上でも以下でもなかったという。
「その当時、彼女に会ってた日に、今日なにしてたの?ってキョウちゃんに聞かれたら、こういう子がいてさ、って彼女の説明をしたと思う。それくらいやましいことなんて全然なかった。雑用係としてオレの現場に来たこともあったし。もしキョウちゃんがその現場にいたら紹介してたよ」
― 現場に来た?
胸にざらりとした感情が浮かび、その感情に突き動かされるように、京子は聞いた。
「…オレの現場ってどの現場?」
「全部は覚えていないけど、いくつか来たよ。今日写真撮影した映画の現場にも何度か来た」
― 私の企画に…私たちの作品の現場に彼女が…。
雑用係ではあっても、一度でも門倉組…つまり自分の作品に制作として携わった人間は、映画の最後に流れるスタッフクレジットに名前を載せるというのが崇のポリシーだった。つまり長坂美里という文字が、崇と京子の作品のスタッフクレジットの中にあるのだろう。
崇にとって唯一無二の存在であり、ともに作品を作り続ける。その絆は、京子にとって誇りであり喜びだった。世界の誰より、崇に認められることが京子にとっては大切で、だからこそできあがった作品は愛おしい宝物。そこに侵入者が足跡を残していたなんて。
そんな京子の葛藤には気づかず、崇は続けていく。
「1年くらい前に‥彼女が脚本を見せてくれたんだ」
撮影が予定より早く終わった日。帰ろうしていた崇に美里が、脚本を書き上げたので読んでもらいたいと持ってきたという。崇はその脚本を持ち帰り、後日意見を言う、と約束した。すると。
「めちゃくちゃよくできてたんだ。オレには絶対思いつかない発想だったから感動した。コレはオレが撮りたいと思う程、面白い脚本だった」
それはラブストーリーだったという。
― よりにもよって。
実は京子は、ラブストーリーを書くことが苦手で、恋愛を主軸にしたドラマや映画に、どうしても食指が動かない。刑事ドラマや社会問題がテーマの作品に恋愛が組み込まれたり…というものなら楽しく書けるのだが、ただ恋愛だけを紡いでいく作品に興味が持てないのだ。
だから、京子×崇の組み合わせでラブストーリーが作られたことはない。崇に恋愛映画やドラマのオファーが来た場合は、別の脚本家と組む。そのことについて京子が不満や不安を感じたことは、今まではなかった。でも。
― もし、美里さんとカドくんが組めるようになったら…?
美里が、第二の門倉キョウコになり得るということに気がついて、京子は愕然としてしまった。
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