報われない男 Vol.2

「彼の子どもがほしい」妻の職場に届いた一通の手紙。夫のストーカーかと思い、家で尋ねると…

≪崇さんと離婚して頂きたいのです。私と彼は、愛し合っています。私は、崇さんの子どもを産みたいのです。お会いしてお話をさせてください。ご連絡をお待ちしております≫

拝啓、突然のお手紙失礼いたします…とはじまった、その奇妙な手紙が、崇と京子の会社に届いたのは去年の春だった。

封筒の宛名は高倉キョウコ様。“キョウコ”は脚本を書くときの名前表記なので、時々事務所へ届くファンレターだと思い、京子のマネージャーが何気なく開封し、大慌てで届けに来た。

「悪趣味ないたずらとは思ったんですよ!でも…一応、京子さんにはお知らせした方がいいかと思いまして…」

社長が浮気とかありえないですし、一応、一応、ですよ!と人が良いマネージャーが焦る様子になんだか申し訳なくなる。

事務所のメールアドレスもHPには載っているし、そこには京子に仕事を依頼する場合の、京子専用のメールアドレスだって明記されている。そして事務所に言われて作ったSNSのアカウントもありDMも開放している。


ただのいたずらや嫌がらせなら、ネットのツールを使った方が早いし、実際、以前京子が書いた脚本で、人気アイドルが事故死してドラマ半ばで退場、となった時には、熱烈なファンたちからの大量のクレームが、そのメールアドレスとDMに来たことがある。

そんな中で、わざわざ手紙。拝啓から始まる縦書きの文章は、きちんとした手紙のマナーにのっとって書かれている。便箋も封筒も、決して安物ではない。さらに。

「…キレイな文字ね」

おそらく万年筆で書かれたであろうその文字は、瑞々しい美しさで、文字が人を表すのなら、きっと若い女性だろう、と京子は想像した。

― でもこれが、ドラマのセリフなら、書き直しだな。

告白としてのパワーはあるけれど、浮気相手が本妻に別れを望む文章としては、古臭いし単純。そんなことを思う余裕があるのは、崇に浮気相手がいるなんて、リアリティがなさすぎるからだ。

いまや、有名クリエーターである崇がモテるであろうことは、京子にも想像できる。ルックスは、特別な男前、というわけではないけれど、雰囲気があるし、その明るさと分け隔ての無い性格で、男女問わず、崇を嫌う人の話を聞いたことがない。でも。

崇は京子が恥ずかしくなるほど、折に触れ『オレが一番大切なのは京子』だと、京子にも周囲にも言っている。そして、間違えればすぐに謝り、ウソのつけない崇の言葉を、京子が疑ったことは一度もなかった。

― でも…。

崇を信じているからこそ、この凝った手紙の意図が気になった。

― 崇のストーカーとかだったら、どうしよう…。

そんな心配を浮かべながら手紙に視線を戻す。

ご連絡をお待ちしています、の後に書かれていたのは、携帯の番号。その後に、長坂美里より、と記されていた。

この記事へのコメント

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No Name
長坂...あり得ないよ。不倫してその相手の奥様に手紙送って離婚して頂きたいとか。ふざけてるとしか思えん。作り話に言っても仕方ないけどそこまで感情移入出来るお話だったので。
2024/02/17 06:2526返信5件
No Name
万年質???笑笑
2024/02/17 08:2712返信4件
No Name
雄大に大樹、友坂に長坂、同じ漢字を使用すると紛らわしいな。違う方がスッと入って来やすい。
2024/02/17 11:449返信1件
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