年下男に翻弄される女
この日は賢人が幹事の、会社の飲み会が開かれる予定なのだ。
麻衣は会社の飲み会が嫌いではないが、この日ばかりは少し気が重かった。
事前に送られてきたLINEの出欠確認には、会社の若いメンバーの名前ばかりがずらりと並んでいたからだ。
―30代は、私だけ...?
麻衣は自分が最年長であることに気づき、愕然とした。
それに、賢人の仕切りはとてもスマートで、その「こなれ感」が麻衣の心を少しだけザワつかせた。
実際に、会が始まっても、「2人で二次会に行こう」なんて言った賢人は、彼より若い女子社員に囲まれチヤホヤされており、それこそアイドル状態だ。
そんな彼を目の当たりにすると妙な苛立ちが沸き、若いノリに合わせるのに必死な自分も情けなくなる。
—今日は早めに退散しよう。二次会なんて、どうせ行かないだろうし...。
だが、社内の飲み会はそう簡単に抜け出せない。内心ゲッソリしながらチビチビお酒を飲んでいると、やっとお開きの時間となった。
すると、幹事の賢人が聞き慣れない言葉を発した。
「会計はLINE Payで。あとで皆に送金依頼しておくから、ヨロシク!」
—LINE Pay...って何?皆それで払うの...?
財布を片手にオロオロしているのは麻衣一人で、他のメンバーは当然のように軽く承諾している。
「ね、ねぇ...賢人くん。ゴメン私、現金でもいい?」
会計に立った賢人をコッソリ追いかけて言うと、彼はいつものように悪戯ぽく笑う。
「じゃあ、二次会奢って。すぐ行くから待っててよ」
賢人はそう言って近くのバーの名前を告げ、麻衣に背を向けると、またしても店員に「LINE Payで」とスマホをかざしていた。
◆
麻衣は戸惑いながらも、お金を渡せていないという後ろめたさから指定されたバーに移動すると、程なくして賢人がやってきた。
「ねぇ、今日の飲み会無理してたでしょ?」
賢人は麻衣の顔をじっと覗き込む。いつもよりも距離がさらに近い。分かってるならフォローしてよ、なんて思いながらも、「別に」と冷めた返答をしてしまう。
「ゴメン、これでも幹事って意外と大変でさ。でも、拗ねた麻衣さんも可愛いからラッキー」
なんて調子のいい奴だと呆れつつも、ニコッと微笑んだ彼に、麻衣はつい胸がドキリとする。
—チャラい男め...。
そんな時、賢人のスマホが鳴った。
どうやら先ほどの“LINE Pay”の送金機能でお金が送られてきたようだ。
「ほら、LINEでこういうのが届くんだ。麻衣さんも使ってみなよ」
このLINE Payとは、銀行口座やコンビニからお金をチャージし、それをLINEの友だち同士での割り勘や送金、オンラインショッピングやリアル店舗での支払いにも使えるLINE上の便利なサービスだという。
「俺、飲み会の幹事することが多いから、本当に便利で。みんな割り勘だったらまだ楽だけど、上司や先輩がいて、人によって金額が違うときもあるじゃん?
そういう場合もスマートに送金依頼ができるから、いつも使ってるんだ」
お互いの口座等の個人情報を公開することもなくLINEで気軽に会費徴収できるのは、たしかに便利そうだ。
大量のお札や小銭を集計する必要がなければ、飲み会の会計時特有の、あの少しシラけた雰囲気も省略できる。
そんな話で盛り上がっていると、またしても賢人にLINEが届いた。また送金かと思ったが、一瞬見えた彼のスマホ画面は普通のトークで、しかも相手は女のようだ。
「あー、麻衣さん...ゴメン。俺、ちょっともう行かないと」
「え?どうしたの?そんな急に...」
麻衣にしきりに謝りながらも、賢人は焦った様子でバーを出て行ってしまった。
だが、あれほどのイケメンに恋人やデート相手がいない方がおかしい。ほんの少しでも淡い期待を抱いた自分が、急に虚しくなる。
—年上の女をからかうのも、彼のパフォーマンスの一部なのね...。
肩透かしを食らい、手持ち無沙汰にスマホをいじっていると、数日前のオサムのLINEに返信していないことを思い出した。
その律儀で丁寧な文面を見て、やはり30歳の女が選ぶべきは、オサムのような堅実な男だと、麻衣は自分を納得させようとした。
そうして、今見送ったばかりの賢人の後ろ姿を、頭の中から振り払うのだった。