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  • いい女の条件 Vol.1

    いい女の条件:最悪なバレンタイン。私が目指す「いい女」は彼から見ると間違いだった?

    伸びきったパスタと終わってしまった2人の関係


    バレンタイン当日。その日は20時から代々木公園に住む剛の家で約束していたが、帰りがけに取引先から電話があり、1時間ほど遅刻してしまった。

    赤坂の広告代理店で働く剛だって、暇な訳じゃない。家に到着すると、剛は明日に控えている競合プレゼン用の資料を見返していた。

    その日は、剛の大好きなカルボナーラを作る予定だった。普段全く料理をしない杏奈だが、厚切りベーコン入りの、黒胡椒をたっぷりまぶしたカルボナーラだけは唯一作れる一品だ。

    「ごめんね、急いで作るから」
    「…そんな無理しなくてもいいよ」

    先週も仕事が忙しくて、中目黒の『ビストロ ボレロ』で食事の約束をしていたのに、仕事が忙しくてドタキャンしてしまい、喧嘩になった。それなのに、今日もまた遅刻。剛が不機嫌になるのも仕方ない。

    「無理してない、大丈夫」

    笑顔でそう答え、ベーコンを切る。今日はもう、喧嘩したくない。

    たっぷりの湯を沸かした深底の鍋にパスタを入れ、一息ついた。いつもの癖で会社のメールフォルダをスマホで確認する。すると、帰りがけに電話があった取引先からのメールが目に飛び込んできた。

    夢中になってメールを読んでいたら、鍋の湯が一気に噴きこぼれてきた。本当はスマホでタイマーをセットするはずが、メールに気を取られすっかり忘れてしまっていたようだ。パスタは、救いようがないほど伸びきっている。

    「…大丈夫?」

    杏奈がバタバタしていたら、剛がキッチンに来た。「うん」と笑顔で答えながら、その場を取り繕う。剛の顔に笑みはなく、強ばった表情だ。

    それでも何とか完成させ、食べ始めた。伸びきったパスタの味は、最悪だ。剛は何も言わず黙々と食べ続ける。2人の間に気まずい沈黙が漂った。

    「…杏奈っていつも仕事優先だよな」

    次の言葉を聞きたくなくて、杏奈は耳を塞ぎそうになる。

    「お前見てると何か疲れる。…俺たち、もう無理だよ」


    涙が、止まらなかった。



    2人の気持ちが離れてしまったのは、今に始まったことではない。1年前の記念日に泊まった、『グランドハイアット』での剛からのプロポーズ。それを、やんわりと断ってからだ。彼の「結婚しよう」という言葉に、杏奈は心から頷くことができなかった。

    ―結婚は、もう少しキャリアを固めてから。

    当時は、そんな気持ちが強かった。しかし今思えば、「もう少し」の期限もあやふやだし、どんなキャリアを固めたいのかも分からない。

    杏奈は、年次を重ねていくごとに同期や後輩にどんどん抜かれそうで怖かった。息つく暇なく仕事しないと「頑張っている」という自分の中での確証が得られない。しかしそれがデフォルトになると、忙しさで自分の首をどんどん締めていくことになるのだ。

    剛は、早稲田大学時代の同級生。杏奈の最大の理解者だった。

    彼は、昔から何事にも手を抜かない杏奈を尊敬してくれていた。プロポーズのときも「杏奈は、最高にいい女だよ」と恥ずかしそうに言ってくれて、その言葉は本当に嬉しかった。

    だから、プロポーズの返事を先延ばしにしても、「最高にいい女」の言葉に恥じぬよう杏奈は必死に努力した。どんなに仕事が遅くても愚痴を言わず、彼の前では常に女性らしくしていたいと、見た目にも常に気を遣っていた。

    …でも。

    果たしてその努力は正しかったのだろうか?

    愚痴を言っても見た目に多少気を遣わなくても、2人でいる時間をもっとたくさん取れば良かった、もっと剛を大切にすれば良かった。

    杏奈は、心の底から後悔した。

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