25時の表参道 Vol.1

25時の表参道:叶わない恋ならば、いっそ忘れたい。可憐で危険な、人妻からの誘惑

「女が嫌いな女」に骨抜きになった男


週末もずっと静香さんのことを考えていた。買い物しているとき、シャワーを浴びているとき、そして2年ほど付き合っている半同棲状態の彼女、美月と一緒に寝ているときでさえも。

早稲田大学を出て、広告代理店に就職して3年目、今年で25歳になる。

何となく自分は営業だろうと思っていたら、配属先はクリエイティブ。憧れる人も多い仕事が、アウトプットとしての表現を出そうとも一滴の水も出てこない雑巾を絞り切るような辛い日々だ。

「フミヤ、今日は何時くらいになるの?」

美月から来たLINEで我に返る。残業中のオフィスには、パソコンのキーボードを叩く音だけが鳴り響いていた。

返信する気力が湧かなくて、他のトークルームをいたずらに読み返す。美月は同期入社の彼女で、僕の住んでいる経堂のマンションにほぼ毎日いる。

勝気で男勝りな性格の彼女は、静香さんのことを嫌っている。

「女を武器にして成り上がった人」

以前、そんなことを言っていた。

自分の彼氏が、まさかその静香さんに骨抜き状態だと知ったら、何て言うのだろう。

フミヤは、彼女を追い求めて…?


そわそわして落ち着かなかったので、静香さんのいるフロアに用事があるフリして行ってみた。

静香さんは営業のチームリーダーで、一回り上の37歳だ。いつも綺麗で、女性らしくて、仕事ができる。そして何より、理解のある優しい旦那がいる。

旦那は、六本木界隈で飲食店を経営しているらしい。子供はおらず、東京の典型的な金持ちDINKSだ。

彼女は結婚指輪をしていない。

「アクセサリーは嫌いなの。」

初めての夜、そう話しながら華奢な手首をさらに引き立たせるような男物のロレックスをつけ直していた。きっと旦那からのプレゼントなのだろうと思うと胸が苦しくなった。

フロアに行ったものの、静香さんの姿は見当たらなかった。がっかりして引き返そうとすると、ちょうどエレベーターホールで出くわした。


僕が何かを言おうとすると、それを制するように「今日も素敵ね」と言ってその場を後にした。

何も言えずその場に取り残された僕は、やり切れない気持ちになった。

あの日のことは、やはり彼女の気まぐれだったのだろうか。

たった一晩しか一緒にいなかったのに、全身が彼女に支配されているような感覚に囚われた。

―叶わないものならば いっそ忘れたいのに忘れられない 全てが

久保田利伸『Missing』の一節を、ふと思い出した。

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