鎌倉カレンダー Vol.1

鎌倉カレンダー:消えない「焦燥感」。東京で消耗した男が人間を取り戻した鎌倉の海

海の中にいると、「焦燥感」が消えた。


しかし、サーフィンに関しては、その日、僕は見事に何もできませんでした。

元々運動神経には自信がありましたが、実はサーフィンはスポーツの中でもかなり難しいと言われています。その日の波はなかなか良いと先輩は言っていたけれど、僕はサーフボードの上に立つことはもちろん、ほんの少し波を捉えることも、何もできなかった。さらに海の中にはサーファー特有のルールがあり、初心者でグダグダと浮いているだけの僕を周りのサーファーたちは明らかに邪魔そうにしていました。

一方、そんな海の中でスイスイと波を乗りこなし、他のサーファーにも引けをとらずに海に馴染む先輩は、ものすごくカッコ良かった。会社でも淡々と仕事をこなしているのに、隠れた趣味まで持ち、海という別のフィールドでも活躍している彼を僕は単純に尊敬し、「これが自分の求めている大人の理想像だ」と確信しました。

そして、サーファーたちに少しでも追いつこうともがいているとき、いつもの「焦燥感」が消えていることに気づきハッとしました。仕事をしていても、酔っていても、女の子と遊んでいても、いつも僕を追いつめていた「焦燥感」が、なくなっていたんです。

海の中は広く無秩序で、無条件に僕を癒してくれました。これも上手く言えないのですが、たぶん僕は、都会に消耗していたのでしょう。仕事もプライベートも、最近はフワフワと地に足が付いていないような気がしてならなかった。

その日はたぶん数年ぶりに、海の水の冷たさや太陽の光の温かさといった、自然の中に身を投げ出したんです。僕はスポーツジムでの義務的な運動とは全く違う、人間らしい心地の良い疲れと爽快感を覚えました。これで他のサーファーたちと同じように波を乗りこなせたなら、どんなに気持ち良いのだろう。

数時間の波乗りを終えても、まだ昼前でした。普段だったらまだ二日酔いで寝ている時間ですよ。そんな風に1日を有意義に使えることも、僕にはかなり新鮮でした。もはや、今までどれだけ損した生活を送っていたんだって感じでしたね。


海で腹を空かせたあと、由比ヶ浜の『松原庵』で食べた「すだち鬼おろしそば」も、信じられないくらいの絶品。そこは由比ヶ浜の海岸から閑静な住宅街の中を数分歩くと辿りつける、隠れ家のような古民家レストランだった。一見塀に囲まれていて、それが蕎麦屋だなんて分からない。でも中に入ると、お屋敷みたいな民家が洒落たレストランになってるんです。何だか田舎の祖父の家に遊びに来て寛いでいるような、不思議な感覚がしました。

僕はその日、久しぶりにゆっくりと、本来の人間らしい時間を過ごせた。

それから、早々にサーフボートと車を買い、僕は毎週のように海に通う生活をスタートすることになったのです。

※本記事に掲載されている価格は、原則として消費税抜きの表示であり、記事配信時点でのものです。

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