2016.05.02
東京結婚式明細 Vol.1一言で言えば、すごく古臭いデザインのドレスだった。おそらくミカドシルクを贅沢に使用したものだろうが、とにかく重苦しいのだ。ゴワゴワと盛り上がった胸元のデザインは千里の華奢なデコルテに重くのしかかっていて、長いトレーンも足枷のようにずっしりと引きずられていた。
普通、花嫁の入場は涙ぐましい感動に包まれるはずだ。しかし、花嫁オーラを全くと言っていいほど発していない千里を目にし、参列者たちの間には目に見えない戸惑いや含笑いが漂ってしまっていた。
「わ~、千里、キレイだね……」(キレイだよね? キレイなはず……だよね?)
誰もが無視できない中途半端な疑問を抱えながら、表面的な賛辞を口にしている。
微妙な空気の中行われた式やフラワーシャワーが終わり、やっと近づくことのできた千里は、間近で見てもやはり冷めたような表情を浮かべ、「今日は来てくれたありがとう」と、乾いた声で謝辞を口にした。彼女に会ったのは久しぶりだが、記憶の中の彼女は今日よりずっと美しい。一体どうしたものなのだろうと心底疑問に思った時、またしても衝撃的な光景が目に入った。
それは新郎の母親だった。一目でそれと分かったのは、新郎と瓜二つだったからだ。脂肪に覆われた顔と巨体が、高価なことが一目で分かる豪華な留袖に包まれている。義母は、花嫁の何百倍も幸せそうな笑顔を浮かべ、親戚らしき一同に囲まれ大声で談笑していた。
「これミカドシルク? すごい贅沢なドレスだね。千里が選んだの?」
私は我慢できなくなり、つい聞いてしまうと、予想通りの答えが返ってきた。
「ううん。彼のお義母さんの勧めで決めたの。」
私はもはやなんといってよいかわからず、千里が気分を害しない程度の美辞麗句でその場を後にした。
次に通された披露宴会場も、新郎の母親の趣味で装飾されたのは明らかで、最初から嫌な予感はしていた。大きな広間は、魔女の住処を思わせるような怪し気な紫色の背景と、真っ赤な薔薇をふんだんに使いコーディネートされていた。この薔薇だけでも、かなりの金額がかかっていそうだ。
食事も酒も最高のグレードではあったが、披露宴が進むにつれ、新郎の家の我の強さはどんどん肥大化した。
新郎の家は資産家で、母親が代々続く家業を営んでいるらしい。彼は慶応幼稚舎育ちということだが、来賓や新郎の友人も8割方同じ育ちのボンボン自慢のオンパレードで、披露宴中に「慶應」というワードは少なめに言っても20回は聞いたと思う。「あんたたちが慶応でエライのはもう分かったよ」と心の中で呟いた列席者は多かったはずだ。
さらに、会社の経営も家事育児もすべて完璧にこなしていたという新郎の敏腕母親アピールも果てしなく、この式の主役は明らかに新郎と義母になっていた。スピーチにしても動画にしても、新郎側はいちいち新婦側の3倍長く、何かと目立ちたがる巨体の彼らは、瓜二つの妖怪のように見えた。
食事や酒も恐らく最高のグレードで、トリュフやフォアグラといった高級食材をふんだんに使ってくれているのは良いが、テーブルの薔薇のキツイ香りや新郎一家の自慢オンパレードの余興と合わさると胸焼けを起こしそうだった。金はまき散らせばいいというものではないのだ。
出席者は、総勢200名といったところだろうか。しかし盛り上がっているのは新郎側のほんの一部で、あとは完全にシラけた者、シラけたのを隠さずに必死について行こうとするお人好し、そしてポカンとしている遠い知り合いに分かれていた。
そして、お色直しをした千里は、義母の趣味なのは明らかな毒々しい紫のドレスで登場した。私はもう驚かなかったが、その姿はアダムスファミリーの魔女のようだった。千里はお化けの家に嫁いだのだ。「こんなに祝福しづらい結婚式もなかなかないよね」と、何人かの女はすでにハッキリと口にしていたし、ほとんど全員がそう思っていたはずだ。写真を撮る者も少なかった。
披露宴終盤に両家が一列に並んだときなどは、もはや新郎と義母にスポットライトが当たっているように見えるほど、同じ顔をした二人は溌剌とした笑顔を浮かべており、千里はとても小さく見えた。
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