女優とディナー Vol.1

女優とディナー:川口春奈は「忍者ディナー」で本当に口説けるのか?(1話読み切り)

そして、ディナー当日。
『NINJA AKASAKA』の前で川口春奈を見た私は、


恐怖のあまり震えすぎて分身の術みたいになっていました。


いや、すごいんですよ、本物の川口春奈のオーラが!生で見る美貌が凄すぎて、王妃を前にした足軽兵のように恐縮する私がいました。

――『NINJA AKASAKA』は、川口春奈にウケていました。大ウケでした。席に着くまでの仕掛けにもテンション高く驚いてくれましたし、忍者が料理を持ってきて忍法をかけるたびに「わぁ!面白い!」と笑ってくれました。

しかし、緊張に支配されていた私は、出会い頭の「はじめまして」の6文字以降はほとんど口を開くことができず、目の前に出される忍者料理を黙々と食べ続けていたのです。挙句の果ては、川口春奈が口を風呂敷でぐるぐる巻きにしている忍者に向かって

川口「息、苦しくないですか?」
忍者「だ、大丈夫でござる。プロでござるから」

このやりとりは、まさに、私がする予定だった恋愛忍法「店員を相方に変わり身の術」だったのでした。

忍術に大ウケする川口春奈と、どうしていいか分からない私(水野)。いとも簡単に笑いを取る忍者に、ただただ嫉妬するばかりである。

こうした雰囲気の中時間はどんどん経過し、コース料理が終盤にさしかかったころ、私は同席していた編集者からトイレに呼び出されてこう言われました。「水野さん、もっとしゃべってくれなきゃ困りますよ」


このとき、すでに、ディナーの成功どころか、連載の存続自体が危ぶまれていました。


そもそも、これは対談企画なのです。川口春奈を喜ばせるレストランで、彼女の仕事や普段の生活の話などを引き出し、それを読者に伝えていく主旨の企画なのです(少なくとも、川口春奈さんの事務所にはそう伝えてあります)。

しかし何か話さねばならないと思えば思うほど緊張は高まり、私はパニック状態に陥っていくのでした。編集者が去ったトイレの中で、私は一人頭を抱えてこう思いました。


「どうして、幻冬舎から本を出しておかなかったんだ――」


幻冬舎から本を出し、見城徹の傘下に入っておけば、セレブディナーのお店や接待法など日常茶飯事的に教えてもらうことができ、こうしてテンパることもなかったはずなのに――。

しかし、心折れかけたその瞬間、私の頭の中で大きな声が響き渡りました。


否!


ここで私が屈するわけにはいかない!

ここで私が敗北を認めたら、一体誰が、見城徹に、小山薫堂に、アンジャッシュ渡部に対抗するというのか⁉

テンパらないやつらによる、テンパらないやつらのための、テンパらない偽りのディナーを、これ以上のさばらせておくわけにはいかないのだ!

そして私は――電光石火の速さでドグマチールを一錠取り出すと、トイレの水で口の中に流し込みました。そして、席に戻るや否や、川口春奈に向かってこう言い放ったのです。


「川口さんって、サウナ好きっすよね?」


一見、薬で頭がおかしくなったかに見えるこの台詞。しかし川口春奈は顔を輝かせて言いました。

川口「そうなんです! 水野さん、サウナ行かれるんですか」
水野「いやぁ、僕も最近、好きになっちゃって」
川口「私は週に何回もサウナに行くんですけど、そこで会った年配の女性と友達になって。連絡先交換したりしてるんです」
水野「マジですか?裸の付き合いじゃないですか」
川口「(笑)私、そういう知り合い多いんですよ。隣の席に座ってた見知らぬ人と盛り上がって仲良くなったりとか……」

こうしてサウナの話題をきっかけに、今までの暗い雰囲気は嘘のように晴れ、「クララが立った!」くらいの勢いで「水野がしゃべりはじめた!」のです。

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