ポン女 Vol.1

ポン女:港区でシャンパンが開く場所に、なぜか必ず現れる女。彼女の目的は一体…

紗枝はすぐに友人に話を通してくれ、4日後の金曜日、菜々子は美容クリニックの面接を受けることになった。

指定された時間は18時。面接の時間にしては少し遅い。

すでに日が落ちた麻布十番の商店街を歩き、言われた場所までやってきた。

「あの、今日は面接で参りました…」

受付で、菜々子が名前を言おうとしたときのことだ。

誰かが、廊下の向こうからカツカツとヒールを鳴らしながらやってきた。


振り返ると、そこにいたのは総レースのブラックのワンピースに、栗色の髪の女。顔半分はマスクで隠れているとはいえ、陶器のような美肌と、人を見透かすような目力の強さに菜々子は思わず見惚れた。

― 綺麗な人…。

だが、その女性は菜々子の少し手前で立ち止まると、上から下まで舐め回すように菜々子を見た。

そして、くるっと後ろを振り返って言ったのだ。

「ねえ、いづみの代わりって彼女?」

すると奥からバタバタともう1人女性がやってきた。

「菜々子さんですよね?私、紗枝の友人の林いづみです。こちら上司の天堂麗香です。とりあえず、話は後で伺うので、一緒に来てもらえます?」

そう言うと、返事をする猶予も与えず、2人はクリニックの入り口に向かって歩き出した。仕方なく、菜々子も後を追う。

外に出ると、いづみはアプリで手配済みのタクシーにまず麗香を乗せ、自らが真ん中に乗車してから、菜々子にも乗るよう促した。

「あのどこに行くんですか?」

不安になった菜々子がいづみに尋ねる。すると、彼女を飛び越して麗香が答えた。

「何って、シャンパンを飲みに。まさか、あなたお酒飲めないとか?」

「あの…私、面接を受けに…」

そこまで言いかけた時に、真ん中に座っていたいづみが口を挟んだ。

「あの、もう着きますから。仕事の内容は、後で私から説明します」

六本木に向かったタクシーはミッドタウンを過ぎたあたりで停車し、麗香といづみは、菜々子を気にかける様子もなく、あるレストランに入っていく。

― ここ、以前律が誕生日を祝ってくれたレストラン…。

店の前で立ち止まり、感傷に浸っていると「何してるんですか?」といづみが急かした。「すみません!」と訳がわからないまま謝る。


店に一歩踏み入ると、そこは貸し切りのパーティー会場と化し、皆シャンパングラスを手にお喋りに興じていた。ゲストは皆一様にブラックのセミフォーマル以上の装いだ。

― そういえば、今日は黒い服を着てくるように言われたのって、ここに来るため?

次第に麗香の周りに人が集まり、小さな輪ができていった。その中心で麗香は楽しそうに、シャンパングラスを傾けている。

「私、ここでどうすればいいんですか?」

菜々子は恐る恐る尋ねた。

いづみは「ちょっとこっちに」と菜々子を壁際に促すと、聞こうと思っていたことを順序立てて説明し始めた。

「いい?彼女は麻布十番に本院を構える天堂美容クリニックの院長夫人、天堂麗香」

クリニックのPRやコスメの開発の責任者でもあるといづみは言った。

「そして、彼女のもう一つの顔がコレ。“ポン女”よ」

聞きなれない言葉に、頭の中にハテナマークが踊る。

「ポン女?日本女子大の…」と言いかけたが、いづみに遮られる。

「高級シャンパンが“ポン”開くところに彼女は駆けつける。そこからついた呼び名がポン女。“なんとか親善大使”みたいな感じだと思ったらいいわ」

― “シャンパンがポン!”のポン女…。

菜々子は、半ば呆れながら麗香たちの会話に聞き耳を立てた。

「麗香さん、来月六本木通り沿いにガストロノミーのレストランをオープンするんだけど、レセプションに遊びに来てよ」

「もしかしてシンガポールから引っ張ってきたっていう例の?じゃあ、レジデンスの友人と伺うわ」

横からいづみが耳打ちした。

「レジデンスの友人っていうのは、インスタ200万フォロワーでモデルの鷺坂なるみよ。麗香さんの親友なの」

「えっ?」

いづみが言うには、女優やモデル、会社経営者などのインフルエンサーたちが麗香のまわりにはわんさといて、彼女のお膳立てひとつで夜の六本木各所に顔を出すというのだ。それも完全プライベートで。

「つまり、麗香さんが顔を出せば、必ず金が動くの。この界隈の経済は、彼女がまわしていると言っても言い過ぎじゃない」

「はぁ…」

菜々子はどうも腑に落ちないのだ。

なにしろ面接だと呼びつけておきながらパーティーに連れ出され、仕事の内容もわからないままだ。

「あなたも彼女と一緒にいればわかる」といづみは不敵な笑みを浮かべ、麗香を遠巻きに見ながら涼しい顔をしている。

しかし、菜々子は腹を決めた。

「私、やっぱり面接やめます。私に務まる気がしません。他の方を探してください」

きっぱり言い切ると菜々子は入り口に向かって歩き出した。

その時、菜々子の背後から、凛とした声が会場に響き渡った。

「ちょっと待ちなさいよ!」

菜々子は一瞬ビクッとして、身構えた。


▶他にも:何度もデートしていたのに女が告白した途端、態度が急変した男。そのワケとは…

▶NEXT:11月10日 木曜更新予定
麗香の元で働き始めた菜々子は、麗香から元カレへの復讐方法について指南され…

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この記事へのコメント

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No Name
婚約してからかなり時間も経っているのに、好きな人ができた。妊娠してるんだって…最低。
実家の菜々子パパに殴られるんじゃない?
2022/11/03 05:4975返信3件
No Name
せっかく、シャンパンをぽんぽん開けるマダムの話なら、毎回飲む(注文する) シャンパンの銘柄を明記してくれたらいいな〜と思います! その方が、東京カレンダーの小説らしさが出るので。是非。
2022/11/03 05:3467返信1件
No Name
日本女子大の…って、確かに。ポン女。
2022/11/03 05:3151返信2件
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