孤独な男と女のあいだに Vol.1

孤独な男と女のあいだに:24時西麻布。「もっと一緒にいたい」と女が誘ったものの、男が速攻断ったワケ

出会い


その夜、圭はまた、西麻布の行きつけのバーを訪れた。

珍しく女性を連れず1人で。

圭が、今日のグラスワインは何が開いているのかと店内を見渡すと、隣に座っていた女性の姿が目に入ってきた。

この界隈に多い、香水とボディラインを美しく見せる服を纏っている女性や、鋭い眼光を持つキャリアウーマン。彼女は、そのような“美しく着飾った女性たち”とは違っていた。

彼女は、ゆったりとした白いワンピースを着て、長い髪をキュッとポニーテールに結び、化粧っ気もない。

ただ、大きな目を不思議なくらいキラキラと輝かせ、慣れない様子でカウンターの椅子に腰掛けている。

圭が、この女は何者だろうかと推測をしている時、バーのマスターが彼女に質問を投げかけた。

「ユリさん、その創作意欲は、どこから湧き上がるんですか?」

質問に対しユリという女性は、こう答える。

「うーん、孤独からかもしれません。孤独が私のエネルギー源かな」

圭がふと目線をバーの壁に移すと、見慣れない絵があった。

「圭さん、その絵はこちらの女性が描かれたんですよ」とマスターが圭に説明する。

マスターが絵を購入してくれたお礼に、彼女は、バーに顔を出したようだ。

壁には、美しい海をモチーフにした油絵が飾ってある。どこかはかなげなのに、心を揺さぶられる強さがある絵だった。

「素敵な絵ですね。孤独がエネルギーなんですか?」

社交辞令ではなく、純粋に彼女の絵に興味を持って圭は尋ねた。

「ええ…」

そう言ってこちら向いた彼女の瞳に、圭は吸い込まれそうになった。

「私は、幼い頃に両親が離婚していて。私は父親についていったんです。経済的に何の不自由もなかったことには感謝はしています。

でも、いつもどこか孤独でした。その孤独を埋めるようにずっと絵を描いていたんです」

彼女は続けた。

「と言っても、本格的にこういった油絵を描き始めたのはここ2年くらい。普段は、銀行で働いています。

運良く知り合いのギャラリーで、個展を開くことができるようになりましたが、まだ私は会社員ですし、アーティストと言っていいのかわからないくらいです」

圭は、話を聞きながら自然と彼女の言葉に共感していた。

― 孤独といえば、俺も同じだな。

責任のある立場にある圭はいつも、感情を伴わず、即座に利益を優先した選択が求められる。

そんな自身に嫌気がさし、美しい女性と食事をし、ワインを飲むがいつも満たされなかった。

そして、また圭は壁に飾ってある美しい絵に視線を移す。

絵が訴える孤独な感情に、圭の心が動いた…。

「あなたは本物のアーティストだと思います」

圭はそう言うと、マスターにシャンパーニュの「サロン」をオーダーをした。

サロンの別名は「孤高のシャンパーニュ」。

白ブドウだけでつくられたシャンパーニュは繊細で、凛々しく、唯一無二の存在感がある。

「素晴らしい絵を見たお礼です。よかったら一緒に飲みませんか?」


圭と彼女のお互いの人生の中で、コンプレックスであり、原動力でもある「孤独感」を分かち合うのに、サロンはピッタリとはまったのだろう。

会話は弾み、気がついたらボトルは空いていた。

「圭さんは、温かい方ですね」

彼女が、独り言のようにささやく。

― 温かい……?俺が?

圭は人にそんなふうに言われるのは初めてだったので、反応に困っていた。

しかし、圭の返事を待たずに、彼女が突然「今日は、本当にありがとうございます」とお礼を言って店を飛び出してしまったのだ。

圭は、その勢いに呆気に取られる。

「圭さんが置いてけぼりとは珍しい」

マスターの軽口に、圭も思わず笑ってしまう。

圭は彼女の座っていた席から、まだ温もりを感じていた。



数ヶ月後。

ユリとの再会を心のどこかで期待しながら、圭が1人でバーに訪れたある日のこと。

変わらずに美しい海の絵を眺めていると、突然マスターが彼女から預かったというハガキを渡してきた。

表面には、彼女の描いた海の泡のようなモチーフの絵。裏面には、ギャラリーの住所と彼女からの手書きのメッセージが書かれていた。

あの日、突然帰宅した無礼を詫びる言葉と、「サロン」に感化され、衝動的に絵を描きたくなり帰ったこと。そして、その絵が銀座の小さなギャラリーで、展示されることになったという内容が綴られていた。

個展は、銀座で2週間後に開催されるようだ。

個展の初日の土曜日。

圭は、高鳴る気持ちに気づかないふりをして、大きすぎる花束を抱えてタクシーに乗り込んでいた。

不器用な男を乗せて、タクシーは銀座の街へと走り出す。

この感情が、圭が忘れていた恋心に近いものだということを、まだ気づいていなかった。


◆今宵の1本

Champagne Salon-シャンパーニュ・サロン

フランス シャンパーニュ地方 ル・メニル・シュル・オジェ村

シャルドネのみを使用したブラン・ド・ブランのシャンパーニュ。

優良なブドウが育った年のみしか生産を許さないうえに、非常に長い時間を熟成にかける。

徹底したクオリティーの追求、追随を許さない唯一無二の美しき味わい。そのすべてが「孤高のシャンパーニュ」と言われる所以である。

▶Next:5月30日 月曜更新予定
大学時代から付き合っている恋人が浮気!?信じられなくなった女がついに…。

▶他にも:「お互い独身だったら結婚しよう」3年以上彼氏ナシの32歳女が、元同僚との約束を思い出し…

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この記事へのコメント

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No Name
面白そうな、というかステキな感じの連載が始まったね🥺
来週も楽しみかも✨
2022/05/23 05:2199+返信13件
No Name
東カレらしい連載が始まって嬉しい〜。
アヤカ、ワインを注がれてすぐ一気に飲み干すとか、それやっちゃおしまいよ。
2022/05/23 05:2783返信6件
No Name
ワインに纏わる男女の物語、こんな小説が読みたいなと思って待ってました!!
すごく素敵なお話♡
2022/05/23 05:2563返信2件
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