2021.09.21
「綾香さん。ようこそ、いらっしゃいました」
その夜、綾香はパリ一つ星の名店『レストラン パージュ』を訪れていた。迎えてくれたのは、シェフ・手島竜司氏の妻・直子。
ここは、崇がパリに来るたびに通っていたレストランだ。ときどき店に出ている直子と崇は親交が深く、彼女は彼の最期を知る人物でもある。
「本当に惜しい人を亡くしたわ。情熱があって、勉強家で、日本から来るたび、会うのが楽しみだった」
表情豊かに思い出話をする直子に、綾香も顔がほころぶ。
鴨料理とともに、『SSS 2009』がサーブされる。このワインは、崇もお気に入りだったそうだ。
「この黒のワインボトルは…」
それは、拓真や一樹と一緒に飲んだワインと同じシリーズだった。
― こんな偶然って…。
『SSS 2009』の芳醇なアロマと果実感。メインの蜂蜜やスパイスを塗った鴨を口に含むと、それらはぴったりと寄り添うように一体化した。
『シャトー・ワイマラマ』が生み出した幻の1本とも言われ、パリのグランメゾンや高級鮨店の間で名を馳せている『SSS 2009』。
そのワイナリーが新しく生み出したワインが『SSS-Ⅰ 2018』と『SSS-Ⅱ 2018』だという。
― これって、もしかして崇が前に進むようにと言ってくれているのかな…。
時を超え、ワインを通じ、崇からのメッセージを受け取っているように思えた。
しかし―。
時折振動する綾香のスマホが、落ち着いた雰囲気に水を差す。
「旅行中なのに、連絡がよく来るのね」
からかうように直子が言った。
「実は…この旅行中に会った二人の男性に…」
気まずさから、綾香は拓真と一樹との出来事をつい口走ってしまう。幸い直子は、興味深げに聞いてくれた。
「でも、どちらも断るつもりです。明日でパリを発ちますし」
本当は、どちらにも惹かれている―。一方、まだ崇への想いもあるし、選べない。だからこその結論だった。
「それはどうかしら?彼が最期につぶやいていた言葉を思い出したわ」
直子はグラスを傾け、意味深に笑った。
「彼の最期の言葉…ですか」
「綾香さんの名前を叫んでいたわ。『幸せになって欲しい』って。結婚が近かったこともあるのでしょう」
初めて知る事実に、綾香は胸が締め付けられる。
「あなたが幸せにならなきゃ、彼が悲しむわ」
直子の言葉に、綾香の瞳からは大粒の雫が自然とこぼれ落ちていた。
「私、彼を言い訳にして。幸せになることから逃げていただけなのかも…」
すると、綾香の手を握って直子は言った。
「ワインも人も、人間関係も、時間が経つと味わいや深みも変わるわ」
綾香は崇のためにも、改めて前を向くことを決意するのだった。
◆
After 5 days
帰国後、綾香は、今まで以上に仕事に精を出していた。
結局、パリ5日目は、拓真とも一樹とも会わずに、日本に戻った。
だが現在、綾香は、二人と連絡を取り合っている。
今朝も、拓真とオンラインで会話してから出勤した。来月一時帰国する一樹とは、東京で会う予定だ。
今は決めかねているけど、明るい気持ちで前に進んでいるという実感はある。
パリで直子に、ワインと料理のマリアージュについて、ひとつ教えてもらった。
不完全な者同士が、一緒になることにより完璧になる――。
それがマリアージュ=「結婚」の本当の意味だと。
綾香は、完璧な自分じゃなくても、誰かと幸せになれることに気づかされた。
それに、ワインも、人間も関係も、時間が経つと風味も変わる。
幸せのマリアージュを完成させるには、もう少し時間をかけてもいいのかなと思う綾香だった。
Fin.
綾香がパリのレストランで飲んでいた『シャトー・ワイマラマ』のワインの詳細はこちら。
※SSSⅠ(アン)とSSSⅡ(ドゥ)につきましては、発売前の商品となります。
おすすめ記事
2017.10.07
令嬢ライフ
令嬢ライフ:「姫」と呼ばれ、広尾の家と際限なきカードを与えられた女の日常
2020.06.30
急募:僕の嫁
「まさか彼女と付き合うとは…」29歳エリート男が理想と程遠い女に決めた理由
2016.11.22
ワセジョ・プライド
ワセジョ・プライド:港区女子って本当にいるんですか?雑草魂で生き抜く美人ワセジョ
2021.02.23
エナジーバンパイア
エナジーバンパイア:「私の家、近くなの」彼氏がいるはずなのに、誘惑してくる女。理性を失った男は…
2023.11.18
あなたとのDistance
大親友の彼氏と結婚した女。「略奪したわけじゃない」と言い訳しつつも、合わせる顔がなく…
2021.06.02
夫婦、2人。
「子どもを産まないなら、その代わりに…」DINKSでいることを選んだ妻に、夫が持ちかけた提案とは
2021.12.11
Miss 東大生ハンター
美人じゃなくても、女性にこうされるとグッとくる…。自信をなくしていた男が一瞬で立ち直ったワケ
2019.12.18
僕のカルマ
「まさか、妻のしわざ…?」エリート夫を震え上がらせた、写真付きのメール
2016.07.22
港区ラブストーリー
2007年。『天現寺カフェ』から始まる、“港区ラブストーリー”は突然に。
2016.06.17
クォーターラバー
クォーターラバー:四半期で相手の価値がわかる!? レストランで思い知った男のセンス
東京カレンダーショッピング
『秋田かまくらミート』:秋田を代表するブランド牛「秋田由利牛」!サシの美しい上質なしゃぶしゃぶ用サーロイン
『肉のABCフーズ』:黒トリュフ塩付!牛タン&A5ランク黒毛和牛を使った極上ハンバーグ
『パンツェロッティ』:具材ごろごろボリューミー!フレッシュな野菜と肉感満載のフライドピッツァ
『HAL YAMASHITA 東京』:シルクのようななめらかさ!冷え冷えトロリの新食感"ウォーターチョコレート"
『レザンファンギャテ』:しっとりと濃厚で、コクのあるニューヨークスタイルのチーズケーキ
『ル・ボヌール 芦屋』:しっとりサクサク!フリーズドライ苺にホワイトチョコをたっぷりと浸透させた新感覚スイーツ
ロングヒット記事
2024.04.12
三人の男たち~夫婦の問題~
広尾に住む、共働きエリート夫婦。新婚当初から寝室を別にしたけれど、ある問題が…
2024.04.14
Editor's Choice~life style~
無難になりがちな通勤着を格上げする、大手百貨店のコンシェルジュサービス2選
2024.04.09
Editor's Choice~fashion~
ディオールの新作ローファーに、彼女も思わず目を留める。春の大人デートは1点豪華主義でキメる!
2024.04.11
Editor's Choice~beauty & wellness~
「ZARA」から新しくヘアブランドが誕生!髪のお悩みを解決してくれる、優秀アイテム全6品をチェック
2024.04.12
大人の週末ToDoリスト
東京にいながら世界のグルメを堪能!ベルギービールのイベント、チキンがテーマのフランス映画…今週末のイベント3選