SPECIAL TALK Vol.79

~枠にとらわれず、やりたいことをやる。アートと科学の融合で夢想した未来を現実に~

抱え続けたモヤモヤを作品に昇華させる

金丸:イギリスでの大学生活はどうでしたか?

スプツニ子!:毎日勉強しました。日本では「大学生は勉強しない」なんて言われますが、インペリアル・カレッジでは図書館に缶詰になって勉強しないと、トップの成績は取れないんです。こういう手応えがある学習環境に身を置いたのは初めてで、充実していました。

金丸:日本から逃げ出した、というとネガティブですが、日本では得られない刺激を得られたという意味で、ものすごくポジティブな結果につながったんですね。

スプツニ子!:そうですね。ただ、数学とコンピュータ・サイエンスを学びつつも、大学に入学したときから「なにか創造的な仕事をしたい」と思っていました。高校の頃からアートが大好きだったので。

金丸:アーティストとして本格的に活動をされるのは、いつからですか?

スプツニ子!:大学卒業後です。卒業した後は2年間フリーランスのプログラマーとして働いて学費を貯め、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)に進学しました。そこでの卒業制作のひとつが、『生理マシーン、タカシの場合。』です。

金丸:あの、かなり話題になった作品ですね。

スプツニ子!:「トランスジェンダーの主人公が、機械を使って生理の痛みを体験する」という映像とインスタレーション作品ですが、制作の原動力となったのは大学時代の“モヤモヤ”した気持ちです。大学で、男ばかりのクラスメイトに囲まれてAIやゲノム編集などの先端技術を勉強していたときに、なぜ私はいまだに毎月生理があって血が出て、おなかが痛くて気持ちが悪いんだろう……と考えていました。50年以上も前に月面に着陸するほど、人類はテクノロジーを進化させてきたのに、どうして生理の痛みや辛さだけ原始時代から変わらないのだろう。どんどん疑問が大きくなっていって。

金丸:言われてみれば、確かにそうです。

スプツニ子!:だから「生理の問題が野放しなのって、人類の怠慢じゃないか」と思っていろいろ調べるうちに、テクノロジーやサイエンスの世界が、女性の健康課題解決を後回しにしてきたことを知りました。

金丸:なるほど。

スプツニ子!:でも悪気があるわけじゃなかったと思うんです。これまで男性が多かった世界だからこそ、女性の痛みに目が向かないのは、当然といえば当然です。

金丸:生理に限らず妊娠や出産についても、スプツニ子!さんから見て「遅れている」と感じることはありますか?

スプツニ子!:たとえば、妊婦の8割が苦しむ「つわり」はいまだにはっきりとした原因や治療法が解明されていません。それから、日本では麻酔によって出産時の痛みをやわらげる、無痛分娩がほとんど浸透していません。フィンランドは89%、他のヨーロッパの国も70〜80%という高い普及率ですが、日本はたったの6%。ちなみに中国も10%と低いです。

金丸:そんなに違いがあるんですね。

スプツニ子!:面白いことにデータを解析すると、その国のジェンダーギャップと無痛分娩の普及率がキレイに相関しているんです。つまり、ジェンダーギャップが大きいほど、無痛分娩の普及率が低い。

金丸:そんな相関があるとは。日本では「おなかを痛めて産むからこそ、母としての自覚が生まれる」といった言葉も聞かれますし、女性のなかに「麻酔して出産するなんて、昔だったら考えられない」という方もいるんでしょうね。

スプツニ子!:そうなんです。「母性」や「女性性」が関わってくると、なぜか新しいテクノロジーを取り入れることへの拒否感が増すんです。だけど「お父さんの時代はAGA治療薬なんかなかった。だから薬でハゲを治すなんておかしい」と言われることなんて、滅多にないじゃないですか。

金丸:おっしゃるとおり(笑)。

スプツニ子!:生理に関していえば、もうひとつ興味深い話があります。1960年代にアメリカで経口避妊薬が承認され、その後、より副作用が弱い低用量ピルが開発されました。70年代にはほとんどの国が低用量ビルを認可し、多くの女性が生理痛をやわらげ、ホルモンバランスを整えるピルに助けられました。

金丸:でも日本は遅かったですよね。

スプツニ子!:日本が認可したのは、1999年ですから、驚くほど遅いです。国連加盟国で最後まで認めなかったのが、日本。最後から2番目は1994年に承認した北朝鮮です。

金丸:それも認可する側が、男性に占められているからでしょうか?

スプツニ子!:そうかもしれないですね。認可に反対する理由に「女性が悪用して、性生活が乱れるんじゃないか」といった声もありましたし。

金丸:おかしいですよね。男女の問題なのに、女性ばかりに問題があるような指摘は、どう考えても的外れです。

スプツニ子!:さらに驚いたのが、バイアグラが出てきたときです。日本は世界でもかなり早くて、たった半年という異例のスピードで認可されました。ピルが30年以上かかったのに対し、男性のED(勃起不全)治療薬であるバイアグラは、わずか半年。明らかに変です。

金丸:今の話だけでも、日本の男女格差の根深さがよく分かります。

スプツニ子!:女性がどういう辛い思いをしているのか分からないから、課題解決に関心が持てないんじゃないか。だったら男性が1年だけでも生理の辛さを体験すれば、この問題を解決しようとする人が増えるんじゃないか。そんな問題意識をアートにしたのが、『生理マシーン、タカシの場合。』なんです。徴兵制度ならぬ“徴生理制度”ですね(笑)。

金丸:日本では権力を握っているのは、男性ばかりです。そのジェンダーの壁をどうやってぶち破っていくかは、今後の大きな課題ですね。

スプツニ子!:最近では、菅総理が「不妊治療への支援を拡充する」と発表し、徐々に関心が高まっています。もちろん国が支援策の整備を進めることは大賛成ですが、アメリカではグーグル、アップル、フェイスブックはもちろん、大企業の87%が社員の不妊治療や卵子凍結をサポートしています。

金丸:そうなんですか。日本ではほとんど聞きませんが。

スプツニ子!:アメリカではそれだけ社会的に理解が進んでいるのですが、日本の場合、企業による女性のヘルスケア支援は、まだまだこれからという感じです。

金丸:国民の半分は女性なのに。女性が力を発揮できないように押さえつけられている限り、日本に未来はありません。

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