リバーシ~光と闇の攻防~ Vol.1

リバーシ:出会って3分、IT社長に見初められた地味女。彼から与えられた「衝撃の仕事」

最初の仕事


― こんな素敵なオフィスで仕事できるなんて夢みたい…。

面接から3週間。秋帆は再び黒川の会社に足を運んでいた。ビルの外に広がる爽やかな青空を眺めていると、喜びがこみ上げてくる。

入社前説明ということで、人事から呼び出されていたのだ。ワクワクしながら待っていると、ノックもなくドアが勢いよく開いた。

「白田さん、また会えて嬉しいよ!今日君が来ると聞いて、つい来てしまった」

入ってきたのは、社長の黒川だった。秋帆は、彼の存在感に圧倒されてしまう。

180cm以上ある身長とガッシリした体に、紺のストライプスーツ。時計はどこのブランドか分からないが、明らかに高級品と分かる。

後ろから金魚のフンのように付き従っている人事部長が、なんだか委縮しているように見えた。

「まずは、入社を決めてくれてありがとう」

ニコッと微笑んだ黒川が、右手を差し出した。

― 痛っ…。

黒川に手を握り締められた秋帆は、彼の握力に驚いた。軽い挨拶というよりは、逃がさないぞとでも言わんばかりの力強さだったからだ。じっと目を見つめられて、秋帆は反射的に息苦しくなる。

「では、そろそろ始めましょうか」

書類を並び終えた人事部長が声をかける。ようやく解いてもらえた手は、その後もジンと痛みが残った。

「白田さんは、事務職のご採用ということで…」

人事部長が書類をもとに説明を始めると、黒川が「違う」と、低い声で話を遮った。

― えっ…?

秋帆に緊張が走る。人事部長もまた、驚いた様子で黒川のことを見つめた。

「白田さん、君には僕の秘書をやってもらうことにするよ」

「…秘書?」

突然の出来事に、秋帆の頭は混乱する。自分が応募したのは、事務職だったはず。秘書経験などないし、話が違う。

「私では務まらないのでは…」

途中まで言いかけた秋帆だが、黒川の鋭い視線を感じ、口を閉じた。

「僕が見抜いた才能だから間違いない」

黒川は、瞬きひとつせず秋帆をじっと凝視する。その隣では、人事部長が何度も雇用契約書を確認していた。

「いいね?白田さん?」

「…」

ここで受け入れてしまって、後悔したらどうしよう。瞬間的に、秋帆の脳裏に不安が過ぎる。

昔ドラマで見た警察の取り調べのような圧迫感だ。

「いいよね?」

念を押された秋帆は、ここで抵抗しても意味がないと察し、「はい…」と、小さな声で発した。

「よし、決まり。悪いが雇用契約書を作成し直してくれ。よろしく」

鶴の一声とはこのことだろう。黒川の言葉を受けた人事部長は、「承知しました」と、猛ダッシュで会議室を出て行った。

「では改めて。白田さんは、秘書の採用ということで…」

こうして秋帆は、黒川に“見初められて”、彼の秘書として働くことになる。


「早速だけど、最初の仕事に行こうか。連れていきたい場所があるんだ」

迎えた、初出勤日。

秋帆がパソコンの設定やデスクの整理をしていると、黒川が声をかけてきた。

「はい!」

ジャケットを羽織った秋帆は、急いで外出の支度をする。取引先に同行するということだろうか。秘書としてうまく振舞えるか不安だったが、そんなことを言い出せるはずもない。

「僕が見抜いた才能だから間違いない」という黒川の言葉を胸の内で反芻した。

― 連れていきたい場所ってどこだろう…。

タクシーの中で、秋帆は黒川からの説明を待つ。彼の“秘書”として同行するのだ。失礼のないようにしたいから、取引先なのか、外注先なのか、最低限の情報を教えてほしい。

だが彼は、iPadを眺めていて口を開く気配がない。仕事中悪いなと思いつつ、秋帆は恐る恐る彼に尋ねた。

「社長、お邪魔して申し訳ありません。これから伺うところは…」

「着いたよ」

ちょうどタクシーが停まったのは、銀座のデパートの目の前だった。

― ここ…?

デパートに一体何の用事なのだろう。秋帆が「お取引先ですか?」と聞いてみても、黒川は首を横に振るだけだった。

「良いからついてきて」

そう言うと彼は、秋帆の腕をがっしりと掴んだ。そして、婦人服売り場に到着するなり、店員にこう言い放った。

「彼女に似合うもの、持って来てください。白田さん、何でも買いなさい。僕がプレゼントするから」

「はっ…?」

訳が分からず、秋帆は固まってしまった。

店員は、これは大口の良い客が来たと思ったのだろう。次から次へと洋服を運びこんでくる。最初は3人しかいなかったスタッフも、瞬く間に10人以上になっていた。

店員が運んでくる洋服をただただ試着し続けて、1時間。

レジカウンターの周りにズラリと並べられた紙袋は、全部「僕からのプレゼント」ということらしい。

― ど、どういうことなんだろう…?他の社員にもこんなことをしてるの?それとも私の服がダサくて遠回しにダメ出しされてるとか?

秋帆が固まっていると、黒川は「プレゼントはこれだけじゃないよ」と意味深に笑った。

「僕はここで失礼する。白田さん用にタクシーを頼んであるから。荷物を置いて会社に戻ってくれ」

それだけ言い残すと、彼は秋帆を置いて立ち去ってしまった。



「行先は、恵比寿の、この場所ですね?」

タクシーの運転手が、秋帆の荷物を運んでくれている店員に確認している。

秋帆は、店員が告げている聞き覚えのないマンション名に首を傾げた。何の話をしているのだろう。

そのとき業務用に渡されたスマホが鳴った。

『黒川隆:社員寮も準備済み。店員さんに住所を書いたメモを渡しておきました』

当面は埼玉の自宅から通うつもりだったが、社員寮まで用意されているとは驚いた。頭をフル回転させるが、理解が追いつかない。

内定をもらえただけでも奇跡だったのに、大量の洋服をプレゼントされ、恵比寿の家まで与えられるなんて。やはり、訳が分からない。

「お客様、よろしいでしょうか?」

運転手の声で、秋帆はハッと我に返る。驚きのあまり、ぼんやりしてしまった。

「はい、大丈夫です…」

窓の外に目をやると、デパートの店員がゾロゾロと一列に並んでいた。皆、秋帆に向けて深々と頭を下げて見送っている。

「何が何だか分からないけど…。こんなにしてもらって、とにかく頑張るしかないよね」

戸惑いながらも、秋帆は誓う。

ここで引き返すべきであったと後悔することになるとは、露知らず。


▶他にも:同棲中の彼氏が、1週間家に帰ってこない…。1LDK・家賃24万の部屋で女が感じた限界とは

▶︎Next:4月27日 火曜更新予定
“社員寮”として用意された恵比寿のマンションで絶句した秋帆。一方、黒川の思惑とは…?

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この記事へのコメント

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No Name
ちょっと怖い感じのストーリー?
愛人にされるのか...
2021/04/20 05:1699+返信12件
No Name
オフィスで着る服を買うのに社長がついてくる時点で異常。
2021/04/20 05:1984返信5件
No Name
白田秋帆と黒川隆。確かにリバーシに相応しい名字。純粋な秋帆が、徐々に社長色に染められちゃうんだろうな……。過去にも秋帆みたいな女性社員がいたりして……。
2021/04/20 05:2772返信2件
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