SPECIAL TALK Vol.71

~とどまることは、衰退を意味する。尺八を武器に世界を目指したい~

田辺:祖父も尺八を吹いていたので。

金丸:もしかして、代々続く邦楽の家系?

田辺:いや、さかのぼれるのは祖父までです。父はプロの演奏家ですが、祖父は別に仕事があって、趣味で尺八をやっていました。祖母のほうは箏の先生で、お弟子さんもたくさんいたそうです。

金丸:芸能一家ですね。そして田辺さんは箏ではなく、尺八を選んだ。

田辺:実は最初に習った楽器は、ピアノなんです。母の同級生にピアノの先生がいて、生まれたその日から会いに来てくれるような友人だったこともあり、3歳くらいからピアノを触りはじめました。その後、小学生になってから、箏の先生だった母に「やってみたい」と自分で言い出して、箏を習いはじめました。

金丸:あれ?尺八はまだ出番がない?

田辺:そうですね(笑)。始めたのは、だいぶあとになってからです。

金丸:しかし、邦楽が身近な家庭ですね。家のなかはずっと邦楽が流れていたのですか?

田辺:CDで聞くようなことはありませんでしたが、尺八や箏の音が一日中聞こえていました。でも楽器は基本的になんでも好きで、小学生の頃はリコーダーやアコーディオン、木琴など、音楽室にあるものは一通り触っていましたよ。

金丸:好奇心旺盛ですね。子どもの頃はどんなお子さんだったんですか?

田辺:男の子に混じって遊ぶような、活発な子でした。小中学校は区立、高校は都立に通ったんですが、スポーツが大好きで、中学はバスケットボール部、高校は水泳部でした。

金丸:部活に箏に、大忙しですね。

田辺:でも箏は趣味というか。最初の頃は楽しかったんですけど、先生が母なので喧嘩になることもあって。きっちり練習するわけでもなく、おじいちゃんにお小遣いをもらえるし、というくらいの気持ちでやっていました。

ささいなきっかけから、尺八の世界にのめり込む

金丸:では、尺八はいつ、何がきっかけで始めたのでしょう?

田辺:高校1年生の終わり頃までは、全然興味がありませんでした。ところがあるとき、私と同じ年くらいの女の子が父の教室にやってきたんです。父のお弟子さんは年配の方が多くて、「尺八はおじいちゃんがやるもの」というイメージが強かったんですよ。だから「女の子もやるんだ」と意外に思い、いきなり興味が湧いてきて。

金丸:やはり尺八の奏者は男性が多いんですか?

田辺:そうですね。女性奏者が少ない理由は定かではありませんが、歴史的な背景もあるようです。今もプロだと男性が9割です。

金丸:なるほど。それなら、同世代の子が来てびっくりするのもわかります。

田辺:それでその日のうちに、「ちょっと吹いてみたい」と父に言って。

金丸:思い立ったらすぐ行動ですね。

田辺:吹いてみたら、ぱっと音が出るし、父に褒められるし。それだけでやる気になっちゃいました。

金丸:最初から音が出たんですね。尺八はそんなに簡単に音が出るものなんですか?

田辺:基本的には難しいといわれています。尺八はちゃんと音が出るポイントというのが、すごく狭いんです。ただ今になって思えば、父がきちんと鳴るところに尺八を当ててくれたんでしょうね(笑)。当時の私はそれに気づかず、勘違いしてしまって。

金丸:動機はともかく、高校生から始めたにもかかわらず、東京藝術大学に進学されていますから、相当頑張ったのでは?

田辺:やってみたいと思ったら、できるようになるまでのめり込むタイプで。それに負けず嫌いなんですよ。音が鳴らないとか、うまくできないっていうのを、そのままにしたくないという気持ちが強くて。

金丸:尺八はお父様に教えてもらったんですか?

田辺:最初のうちはそうです。父の吹く音色が好きだったので。でも、父は自宅だと軽く吹くときもあって、そういうときは「プロの父より私のほうが絶対上手だ」って思っていました。よくそんなこと考えられたなと、思い返すと恥ずかしいのですが。

金丸:でも、自分を信じる力ってすごく大事ですよ。

田辺:その頃はとんでもない自信家でしたね。本当に根拠のない自信でいっぱいで。

金丸:根拠のない自信からは、自己肯定感が生まれます。でも今の日本の若い人たちは自己肯定感が世界的にみても非常に低くて、「自分はダメだ」と言う人が結構いるじゃないですか。他人から指摘されるならともかく、自分で自分を否定しちゃいけないと私は思います。

田辺:そうした根拠のない自信も、大学入学後に打ち砕かれました。そのときは「もう尺八なんて辞めたほうがいいんじゃないか」と思うくらいに落ち込みましたけど。

金丸:でもそれを乗り越えて、今の田辺さんがいる。最初から自信がなければ藝大にも行かなかったし、挫折することもなかったし、そこから成長することもなかったわけです。

田辺:藝大にもおそらくギリギリで入学できたんだと思います。最初は父に習っていましたが、高校3年生の春に、藝大に入るため、そして今後しっかり指導していただくため、都山流の藤原道山先生に入門しました。

金丸:受験までちょっとしかないのに、よく合格できましたね。

田辺:基礎を徹底的に教えていただきましたから。だから受験の課題曲のほかには、数曲くらいしか知らないまま入学したんです。

金丸:それでも尺八を始めて数年で藝大に入学し、その後プロとして活躍されています。田辺さんのお話を聞いていると、人生って何がきっかけで変わるかわからないというのを改めて感じます。

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